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お使い
「ヴェルトさん、見てください!」
カイラの屋敷のリビングにて。目を輝かせたカイラが、1枚のチラシをヴェルトに見せた。
「……魔法祭?」
生徒が手書きしたものを印刷したのだろう。ウサギやクマといった動物達、杖やとんがり帽子などの味わい深いイラストが所々に描かれている。
「僕の母校のお祭りです」
「まさか……行きたいってのかい? ダメだよカイラ君、今の君は生物兵器みたいなもんなんだから」
カイラにかけられた呪いのひとつ混沌の呪いには、周りの人間の劣情を高めるという厄介な効果がある。
祭ならば多くの人が集まるだろう。もし歩く媚薬と化したカイラが祭へ行けば……多くの人間がトイレに駆け込む事となるだろう。
「わ、分かってますよ! 本当は僕が行きたかったんですけれど……ヴェルトさん、代わりに行って来てくれませんか?」
「……はぁ?」
「魔法祭では出店が並ぶんです。そこの食べ物をいくつか買って来て欲しいんですよ」
「食べ物って何買ってくりゃ良いのさ」
「ヴェルトさんのセンスに任せます」
「えぇ……」
試されているような気分になり、ヴェルトは嫌そうに顔を歪めた。
「それにカイラ君の母校って……ガゼリオいるじゃないか」
「そうですよ? ガゼリオ先生と幼馴染なんですよね? ……あ~! 分かった。ヴェルトさんてば、先生とまだ喧嘩したままなんでしょう? ダメですよ仲直りしないと~」
とカイラは頬をハムスターのように膨らませた。
「魔法祭は明後日なので、ガゼリオ先生と仲直りしてないなら行って来て先生に謝ってください」
「謝るって……待ってよ。何で僕が悪い事になってるのさ。僕とアイツの事何も知らない癖に」
「確かに知りません。でもどうせヴェルトさんが悪いんでしょう!」
あんまりな言い方にブチッ! と己の血管が切れる音を聞いたヴェルトは、カイラの禁欲10日目で更に2日延長する事を言い渡そうと一瞬で思い付いた。
「はぁ……仕方ないな、分かったよ」
仁王立ちする生意気なカイラを見下ろしながら、ヴェルトは悪巧みをし溜飲 を下げる。
「えぇ、お願いしますね」
禁欲開始から2日目のカイラ。8日後にどんな事を言われるか想像もしていない少年は、にっこりと笑った。
***
一方こちらはガゼリオが住む家の書斎。
「……何? 打ち上げ?」
ガゼリオの養父が作業の手を止め息子の顔を見上げた。
「そうです。明後日学校で魔法祭をやるんですが、その打ち上げで数人の先生方とちょっとした旅行に行こうという話になってまして」
「打ち上げで旅行?」
「えぇ。たまには盛大にやろうと」
「ふーん? まぁ……気を付けて行ってくるんだぞ」
「えぇ、ありがとうございます。……では」
不思議がられながらも無事に書斎から出る事に成功したガゼリオは、心の中で小躍りしながら廊下を歩く。
もちろん『先生方と弾丸旅行』など真っ赤な嘘である。
本当は……魔法祭の開催日が、丁度あの忌々しい貞操帯生活の最終日なのだ。
事前にレオがホテルを予約してくれていたので、貞操帯が外れた途端にそのまま……という約束を交わしているのだ。
興奮で熱い吐息を吐きながら、ガゼリオはレオの顔を思い浮かべフラフラと自室に戻った。
***
翌々日。魔法学校の前に立ったヴェルトは、校舎を見上げて思わず立ち止まってしまった。
歴史を思わせる出立ちに、学校とは無縁の生活を送ってきた孤児院育ちヴェルトは進むのを躊躇ってしまう。
(やっぱ僕、場違いだよなぁ……でも、買って来ないとカイラ君怒るからなぁ……仕方ない、とりあえずササっと買って来るか)
カイラの顔を思い出したヴェルトは意を決し、初めて学校の門を潜ったのだ。
門から校舎へ続く長い道を挟むように、出店や看板が所狭しと並んでいる。
(カイラ君、甘い物とお肉が好きだからなぁ……適当にお菓子とお肉料理買って帰るか)
「あ、お兄さん!」
ウサ耳のフードを被った、恐らく魔法学校の生徒と思われる少年がヴェルトに駆け寄りチラシを手渡した。
「女装コンテストやるんで、是非見に来てくださいね!」
「……はぁ」
ヴェルトにチラシを押し付けた生徒は満足そうに微笑み、すぐに別の人に声をかけ始めた。
(女装なんかして何が楽しいのさ、バッカじゃないの)
自分の恋人がそのコンテストを3連覇したレジェンドだという事を知らないヴェルトは、早々にチラシをバッグの中へ突っ込んだ。
***
それからヴェルトは適当に買い物をした。
フルーツを飴で包んだ菓子。
手作りの可愛らしい型抜きクッキー。
持ち帰れるよう容器に入れてもらった、チキンを挟んだボリュームたっぷりなサンドウィッチ。
ついでに、昔カイラにあげた『カイラ君』というウサギのぬいぐるみに丁度良さそうなリボン飾りを見つけたのでそれも買った。
(こんなもんかな。さて……ガゼリオの事、どうしようかな)
ガゼリオに謝って来いとカイラに言われたものの、自分から謝る気などヴェルトには更々無い。
だが、今のガゼリオとの状態がとても気持ち悪く思えるのだ。彼の事を考えると、将来の事を考える時のような……実に嫌な気分になる。
ガゼリオと話すには絶好のタイミングとも言える魔法祭。彼を探しに行くべきか、行かざるべきか。ヴェルトはうじうじと考え続けていた。
(……もう少しじっくり考えようかな)
重要な決断を先送りにする為に、ヴェルトは静かな場所へ行こうと決めた。
押し付けられた魔法祭のチラシを確認し、唯一出店もイベントも無いバルコニーの存在を知っていたヴェルトは、校舎の階段を登り続ける。
そして最上階の更に上へと続く階段を見つけたヴェルトは、その先に続く鉄扉を開く。
軋む扉をゆっくり開くと、限りなく広がる冬の空がヴェルトを出迎えた。
パステルブルーに包まれるレザーの街と、その遥か向こうに連なる山々の輪郭がはっきりと見える。
雑踏の澱んだ空気とは違う。冬特有の刺激的で澄んだ空気を、ヴェルトは肺一杯に吸い込んだ。
その時、新鮮な空気の中に微かな異臭が混じっているのを感じたのだ。
忘れもしない。友人がよく嗜んでいた煙草の男性的な香りに、敵に心臓を握られたような気分になったヴェルトは風上を向いた。
そこには……落下防止用の柵に肘を突いたままこちらを振り返り、目を丸くしているガゼリオがいた。
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