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魔法学校の屋上にて

 しばらく互いに見つめ合っていたが、先に動いたのはヴェルトだった。観念したように溜息を吐いてガゼリオの隣に立つと、 「煙草1本貰えるかい?」  と顔を合わせないままガゼリオに手を伸ばした。 「は? お前煙草吸わなかったろ」 「いいから!」  ヴェルトの圧に押されるまま、ガゼリオは胸ポケットから黒革のシガレットケースを取り出し、急いで煙草を1本手渡した。  ガゼリオが煙草を吸う姿を覚えていたヴェルトは、中指と人差し指の間に煙草を挟んで持つ。 「……ヴェルト。煙草逆さだ、逆さ」 「…………」  恥で少々顔を赤らめたヴェルトが煙草を持ち直した後、ガゼリオは「『ファイヤ』」と唱えて火を灯してやった。  ヴェルトは火の点いた煙草を一気に吸い……思い切り咳き込んだ。 「やっぱ駄目じゃねーか! 無理すんな、無理すんな!」  ガゼリオはヴェルトから煙草を奪い火を揉み消した。 「……こうでもしないと君とまともに話せる気がしないんだよ」  苦しそうな声で紡がれた言葉に、ガゼリオは「だな」と静かに同調した。  あの事件……カイラの呪いにやられたガゼリオが、たまたま近くにいた想い人ヴェルトに手を出してしまった事件があってから2人は初めて会ったのだ。  当然だが、2人の間には修復が難しいほどの亀裂が入っている。 「……悪かった、とは思ってる」 「ふーん?」 「けど、あの時に話した想い……俺がお前の事愛してるってのは、嘘じゃない」  真剣な声色にヴェルトは鼻を鳴らした。 「……確かにさ。前々から冗談っぽく『俺お前の事好きだ』なんて言われてたけどさ? ……まさか本当だとは誰も思わないさ。本当だと思っても、友情の範疇を超えるとは思わないだろうね」 「だって……だって。恋人として好きだなんつったら、お前どうせ俺と距離置くだろ」  感情を必死に抑えようと試みながらガゼリオは訊ねた。 「うん」 「ほらな? やっぱりだ」  ガゼリオは不機嫌そうに顔を歪めて煙を口から吐き出した。 「別に僕は誰が誰を好きになっても良いとは思うんだよ? ガゼリオが女好きだろうが男好きだろうが、別に僕には関係無いからね。……だけど好きの対象が僕なら話は別だよ」 「それは俺が男だからか?」  話を遮らんばかりの問いに、ヴェルトは一瞬言い淀む。 「……かもね」  その返答に感情を堰き止めていた堤防が決壊し、ガゼリオはつい手元にあったタバコを力任せに曲げてしまった。 「なら何でカイラと付き合ってんだよ……なんでアイツと……セックスなんかしてんだよ……!」  それを聞いたヴェルトは、まるで冷水を全身にぶっかけられたような気分になった。  この男にはカイラとの関係は「冒険仲間」だと伝えていたはずなのに……何故、この男がカイラと自分の関係性を把握しているのか。 「待ってよ。なんで僕とカイラ君がそんな関係にまでなってるって思ってんのさ」 「とぼけたって無駄だぞ。反応見りゃ分かんだよこの犯罪者! ……何で……何で。俺は駄目でアイツなら良いんだよ……!」  柵に顔を埋めるように頭を下げたガゼリオ。  とにかく悔しかった。10年以上も想い続けていた男を、ぽっと出のチビ助に掻っ攫われたのだ。  自分とは違ってヴェルトは異性愛者で同性愛者ではないという事は十分理解していた。  彼がフロイや他の女達と恋愛関係になる事で、「男である自分には彼と恋愛関係になるチャンスは無い」と自分に言い聞かせていた。  それなのに……それなのに。  結局アイツは男のカイラを選んだ。アイツにとって性別なんてどうでも良かったんだ。  それならば。何故アイツは俺を見てくれなかったんだ。  髪を茶色に染めれば見てくれたのか?  魔法か何かで目をエメラルド色に変えれば見てくれたのか?  自分とあの小僧の違いが分からない。  俺の方がアイツの事を分かってやれるのに。  他人に興味が無く、思いやりに欠け、協調性も無く、言葉をオブラートに包むという事を知らず、そのくせ繊細で、甲斐性無しで、意地悪で、無神経。  だが彼は……一度惚れ込んだ相手にはとことん甘いのだ。  大好きな人にはとことん一途で、尽くし、支え、護り、愛する。……あまりに愛おし過ぎて意地悪をしたくなるのが玉にキズだが。  アイツの最悪な性格だけでない。アイツの過去も十分知っていて、自分はそれに寄り添ってきた。  アイツがどんな風に孤児院で育ったか。  アイツがどんな風にフロイと交際していたのか。  アイツがフロイを失った時、どんな風に悲しんだか。  アイツがフロイ(生きる目的)を失った後、何をしようとしたのか。  アイツがどん底に落ちた後、どんな風に今まで生きてきたのか。  人生の大半に友人として寄り添ってきたのに。その結果選んだのがあのぽっと出野郎か。  悔しくて仕方ない。  ガゼリオの感情の浮き沈みが激し過ぎる事に違和感を覚えたヴェルトは、初めて彼の顔を覗き込んだ。 「…………ッ」  見られている事に気付いたガゼリオもまた、ヴェルトの顔を一瞬だけ見上げた。 「ガゼリオ……?」  呼吸が荒く、頬と目を赤くしているガゼリオの額に手を当てる。 「っ、触るな!」  ガゼリオは咄嗟にヴェルトの手を払い除けた。 「ガゼリオ……ちょっと休んだ方が良いんじゃないのかい」 「お前には関係ねー」 「関係無くないってば。だって君は僕のなんだから」  ヴェルトが何気なく発した言葉に、ガゼリオは唇を噛み締めた。  その時。鉄扉が軋みながら開かれ、別の人物が現れた。 「あっ、いた! ガゼリオ~!」  無造作なアッシュグレイの髪に切長の目。やや人相が悪く怖い印象だが、髪と同色の瞳には優しい光が宿っている。  ガゼリオの同期レオだ。 「「……?」」  ヴェルトとレオは互いに『コイツ誰?』とガゼリオに視線を送る。 「えっと……コイツがヴェルト。俺の幼馴染。そしてコイツがレオ。俺の同期」 「違う、同期じゃない」  レオは自信満々といった表情でガゼリオに飲み物を手渡した後、彼の肩に腕を回した。 「俺、ガゼリオの彼氏です」 「……は?」  ぶん殴りたくなるほどの顔を浮かべられ、ヴェルトは思わず声を上げてしまった。が、すぐに鼻を鳴らして口を開く。 「なら僕は邪魔だね。 ……なんだ、恋人いるんじゃん。それなら問題解決だね。……じゃあね」  冷ややかな声でそう呟いた後、ヴェルトは鉄扉を開き校舎内へ戻った。  扉を閉めた後、ヴェルトは安心感と不安感を同時に覚えた。『ガゼリオと会えて良かった』という思いと、『本当にこれで良かったのか』という思い。 (まぁ……いいや。全部忘れた事にしよう)  ヴェルトはいつもの悪い癖を発揮し、愛しのカイラに会うべく帰路についたのだった。    ***  一方こちらは屋上。人目が無いのを良い事に、レオは「うっひょー!」と騒ぎ始める。 「俺、初めて他人に彼氏紹介しちまった!」 「まだ付き合うって言ってねーだろ」 「でもほとんど付き合ってるようなもんだっあ゛っづぅ!?」  あまりにはしゃぎ過ぎた結果、買ってきたホットチョコレートを手の甲に溢したレオは更に大騒ぎする。 「ハハッ、何やってんだよ、もう」  レオの間抜けさにガゼリオは思わず笑みを溢し、ベストのポケットからハンカチを取り出し拭いてやった。 「ごめん、ごめん」  レオははにかみながら頭を掻く。 「あのさガゼリオ。ガゼリオが好きな相手って……アイツだろ?」  ヴェルトの『なんだ、恋人いるんじゃん。それなら問題解決だね』という言葉から推測したレオはそう訊ねた。 「そう。……アイツが俺の好きな人」 「フッ……勝ったな」  と片手を腰に当てたレオは、前が見えなくなるほど顔をひしゃげてやりたくなるようなニンマリ顔を浮かべた。 「勝った?」 「男として勝った」 「その根拠、当ててやろうか」  レオとガゼリオは同時に口を開く。 「「筋肉」」 「ハッ……分かりやすいんだよ、この筋肉だるま」 「褒め言葉だもんね!」  胸を張って少年のように笑った後、「それに」とレオは神妙な面持ちで付け足す。 「ガゼリオ悲しませるような奴は男として失格なんだよ。……目ぇ真っ赤、泣いてんのバレバレなんだよ」 「泣いてない……ただの充血だ」 「えっ、そうなのか!? すぐ病院行かねーと! 連れて行こうか!?」  人を疑う能力がゼロらしいレオに、ガゼリオは再び腹の底から笑った。 「大丈夫だって、少しすりゃ治るから」 「そうか? 無理してねーか? いくら今夜の予定があるからって……なぁ?」  今夜の予定という言葉にガゼリオは瞳を情欲で潤ませ体をカアっと火照らせる。 「大丈夫……大丈夫だから……今夜……な」  ガゼリオの期待の籠った声に、レオはこの場で組み敷きたいという欲求を堪えるので必死になった。 「それに……俺がアイツに男として勝ってる理由もう1つあんだけどさ。多分俺、アイツよりチンコデカいと思うんだよね。やっぱチンコってのはデカくてナンボですからね、えぇ」  と自信満々なレオだったが…… 「……あの、レオ? 俺、アイツの見た事あんだけどさ……アイツ、お前よりデカいぞ」  申し訳無さそうなガゼリオの言葉に少しだけ黙った後、レオは「あのなガゼリオ」と諭すように話し始めた。 「チンコってのはな? デカさじゃねーんだよ。……えーっと……そう! テ、テクニックだよ」 「童貞がテクニックで張り合おうとすんじゃねー」 「……悲しい」  まるでイタズラが主人にバレた犬のようにしょんぼりし始めたので、ガゼリオは可笑しくなって再び笑みを溢した。

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