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1−12【涼景→凛☘️】断ち切れぬもの!

<概要> ・リクエスト:はるか様 ・カップリング:涼景→玲凛 ・テイスト:コメディ。大人の片想い! ・その他:妹と同い年の玲凛にドキドキする涼景の、吊り橋効果的な気の迷いギャグ。 ――――――――――――――――――――  午前の裏庭は静かだった。  犀家屋敷の裏手、整えられた砂地の中央に、涼景はひとりで立っていた。  大太刀を構え、ひたすら素振りを繰り返す。力を込め、息を整え、余計な感情を振り落とすように。  だが――。 (ぜんっぜん、落ち着かん……!)  涼景は眉間にしわを寄せたまま、無言で刀を振った。五百本を超える素振りのはずだが、心の霧はいっこうに晴れない。 (十日……いや、十一日目か……?)  涼景は歯を食いしばる。警備任務が続くこの十日、宿直や交代勤務の関係で、完全にひとりになれる時間がなかった。  つまり、「そういう時間」がない。  二十八歳の男にとって、欲求は枯れるものではない。  むしろ、ここ最近は――逆に敏感になっている気がする。  見慣れたはずの玲陽のうなじ。犀星の濡れた髪の匂い。そして、ふたりが仲睦まじく触れ合うさま。  どれもこれも、理性を刺激するには十分すぎる。 (いやいやいや、だめだろ俺! おい、落ち着け!)  剣風が砂地を巻く。思い切り斬って、斬って、斬って、自分の中のどうしようもないものを斬り捨てたい。 「うおっしゃああああああああ!」  気合を込めて、地を割らんばかりの一撃を振るったそのとき――。 「わっ、びっくりした! なに? 怒ってるの?」  涼景の背後から、少女の声が飛び込んできた。  それも、まったく悪気のない、無垢な、むしろ楽しそうな声。 「……凛か……」 「ひとりで振っててずるいです! 私も混ぜてください!」  ずかずかと砂地に入り込み、いきなり脚を回して準備運動を始める玲凛。  その姿に、涼景は一瞬固まった。  ぴっちりと結んだ上衣、むき出しの腕、風に揺れる前髪。汗の匂いと、稽古着の擦れる音。  それが、もう、なんというか――刺激が強すぎる。 (うわぁあ……今はまずくないか……!)  玲凛は十六歳。燕春と同い年。妹のような存在。  頭ではそうわかっている。わかっているのに。 「じゃ、実戦形式で行きましょうか!」  と、笑顔で宣言して、玲凛は太刀を抜いた。 「ちょっ、ちょっと待て、凛。今日はその、素振りだけにしておけ、な?」 「えー、涼景様が先に抜いてたじゃないですか。ずるいですよ!」  ぶん、と空を斬る風音。玲凛の大太刀は、彼女の身体よりはるかに長く重い。  だが彼女は軽々と扱ってみせる。まるで遊ぶように。 「ね! 遠慮なく来てください!」 (煽るなってぇえええええ!)  涼景は己の理性を叱咤した。いいか、これは稽古だ。ただの稽古。殺す気で斬るな、でも斬られるな。  どこにも欲は挟まない。健全な汗と技のぶつかり合い。そう、健全だ。 「行くぞ!」 「おう!」  打ち合う刃。火花が飛ぶ。空気が裂け、風が踊る。  玲凛の機動は速い。間合いを詰めたり開けたりが絶妙で、しかも咄嗟の跳躍がある。  普通の剣士なら、対応しきれずに戸惑うところを、涼景はなんとか受けきる。 (……くっ、やりづらい……!)  玲凛の動きは読めない。まるで獣だ。  そして、時おり、すごく近い。顔の距離が。息がかかる。たまに髪が触れる。 (やめろぉおおおおおおおおお! 俺の理性が!!) 「はっ!」 「っと!」  玲凛の蹴りが、涼景の足を掬うように襲う。咄嗟に跳んで回避するが、その着地の瞬間――。  ぴと。  頬が、玲凛の頬と擦れた。  瞬間、脳が真っ白になった。 「あれ? 顔真っ赤ですよ、涼景様?」 「違うっ!」  全力で振った太刀が、玲凛の刃と激突する。金属音が炸裂した瞬間――。 「――そこまで!」  低く、だが響きのある声が飛んできた。  二人同時に動きを止める。見ると、廊下の影から現れたのは、いつもの穏やかな顔。 「侶香様……」 「やれやれ、剣を振るのは結構だがな。この緊急時だ。ほどほどにな」  涼景も玲凛も、一歩引いて刀を納めた。  犀遠はおとなしくなった二人を見やって、頷くと、また無言で立ち去っていった。  沈黙。しばし、静けさが場を支配する。 「――なあ」 「ん?」 「なんで、急に来たんだ……?」 「暇だったから!」  即答。満面の笑み。夜勤明けだというのに、疲れを感じさせない若さ。 「それに、涼景様と斬り合うの、やっぱり楽しいです! ドキドキしたし、すっごい近かったし!」 (言うな! そんなことを言うなあああああ!)  涼景は内心、膝から崩れ落ちそうだった。 (くそっ、稽古すればスッキリすると思ったのに……! むしろ、悪化した……!)  玲凛は気づいていない。何も。  この年上の男が、今、どれほど情けない欲望と理性のはざまでふらついているかなど、露ほども。 「また明日もやりましょうね!」  元気に手を振って去っていく少女の背に、涼景は座り込んで、顔を覆った。 (これは、地獄か……)  稽古場の砂地に、涼景は一人、ぺたりと座り込んでいた。  刀は脇に置かれ、額には汗。だがそれ以上に、何より、心が疲れている。 「……なんで、こうなった……」  自問してみても、答えは明白だ。  すべては欲望のままに剣を振った己が悪い。身体を動かせば冷静になれると思っていた。  だが、そこに玲凛が来た。しかも、元気いっぱいに。 (よりによって……よりによって、凛か……!)  彼女は悪くない。ほんとうに悪くない。  けれど、なまじ近すぎる距離感、無邪気な笑顔、そして何より、太刀の扱いが異様に上手い。  むき出しの腕が太刀筋を斬り裂き、跳躍のたびに結び紐が舞い、間合いを詰めた瞬間、汗の匂いが鼻をかすめる。 (そんなの、ただの地獄だろうが!!)  涼景は手で顔を覆ったまま、ゆっくりと後ろに倒れ込んだ。  空が青い。雲ひとつない、すがすがしい天気が腹立たしい。 (俺は、なんのために振った?)  十日分の鬱憤を晴らすつもりだった。  だが現実は、斬り合うたびに体温が上がり、相手の吐息に意識が乱れ、何度か絶対に今はまずい部位に触れそうになった。 (ほんとに、何度かやばかった……)  最後の打ち合いのとき、太刀の衝撃でぐっと距離が詰まり、玲凛の喉元が見えた。  汗が、ぽたり、と落ちるのを、見た。 (あれはもう……拷問……!) 「ふぅ……楽しかった!」  声がした。背筋が、ぴくりと跳ねた。  振り返ると、玲凛が手拭いで汗を拭きながら戻ってきた。  にこにこと、まったく悪びれた様子もなく、太陽のように眩しい。 「え、もう終わりですか? 私、まだやれますよ?」 「いや、警備の準備もある。ここまでにしよう……」 「えぇ? じゃあちょっとだけ――」  言いながら、玲凛は涼景の隣に座り、腰をのばし始めた。  身体が柔らかくて、背中が反るたびに布が張る。張ってはいけない場所まで。 (目を閉じろ! 見るな俺!) 「ねえ涼景様、私、上達したでしょ?」 「……した……間違いなく……」 「うれしいです。すっごい楽しいんですよね、涼景様とやると」  その言い方が、もう、だめだ。 「もっと近くでやってもいい? 前に胸が当たっちゃったけど、あれって邪魔?」 (殺す気か!?)  もういっそ、誰かに捕まって牢に入れてほしい。そこなら一人きりになれる。 「でも、ね。やっぱり、涼景様って安心するんですよね」 「な、なに?」 「なんか、怖くないんですよ。どんだけ強く打っても、ちゃんと全部、受けとめてくれる感じで。たぶん死なない気がする」 「……そりゃ、死なせはしないが……」  玲凛は無邪気に笑った。心の底から、何も知らずに。 「そういうとこ、好きです!」  ズドン。  涼景の脳内で、何かが爆発した。 (好き、って、今、何気なく言った! 言ったぞ!?)  思考が回らない。脳に血が上りすぎて、まるで焼けているようだ。  玲凛は立ち上がり、砂地に足跡を残しながら歩き出した。 「またやりましょうね! 次はもっと攻めますよ!」  最後に片目を瞑って去っていく。  涼景はもう、動けなかった。どこにも逃げ場がない。心が、絶望的に詰んでいる。 (俺は……何をしている……)  こんなに情けなく、哀しく、惨めな男がいるだろうか。  妹と同い年の少女に、ここまで心と体をかき乱されて、しかもそれを隠すので精一杯。 「だれか……俺を……斬ってくれ……」  そう呟いたところで、どこからともなく犀遠の声がした気がした。 「――やれやれ、未熟者め」 (せめて、もっと……枯れた大人になりたかった……!)  砂を握って、涼景は天を仰ぐ。  すっきりするための稽古は、すっきりするどころか、人生最悪の欲望拷問と化したのだった。 ―――――――――――――――――――― BLではないけれど… 二次創作として、ご用意しました! ですが、こういうの、本当に本編でもあっていいかな、ってレベルだと思う。 ただ、この時期の犀家はものすごく忙しいし、緊迫してるし、実際にこんなシーンがあったとしても、本編で書くのはタイミング的に難しくて。 書きたかったけれど書けなかったもの、として、出せてよかったです。 (恵)

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