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1−12【東雨×星🌺】大丈夫
<概要>
・リクエスト:YUYU様
・カップリング:東雨×犀星
・テイスト:切ない。しっとり。
・その他:寂しんぼの東雨が若様に甘えられたらいいなw
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夜の空気はひどく静かで、冷たい。
明かりも届かぬ廊下に、東雨はひとり、身を縮めて座り込んでいた。
犀家の屋敷――その奥にある一室。扉の向こうには、傷で命を落としかけた玲陽が横たわり、その傍らには若様――犀星が付ききりで看病している。
もう幾夜も、東雨はこの場所に来ていた。
何をするでもない。ただ、戸の向こうに微かに漏れる気配を感じて、少しでも近くにいたくて、こうして座り込む。
時折、寝返りの衣擦れや、水差しを置く小さな音がする。その度に東雨の心は波立った。
(若様……)
呼びかけたい。扉を叩き、名を呼びたい。けれど、そんなことは決してできなかった。玲陽の身が、今まさに命の境をさまよっているのだ。犀星は、玲陽から目を離せるはずがない。
東雨は唇を噛む。
自分は邪魔にならぬよう、犀星の着物の世話だけをしてきた。洗い、干し、丁寧に畳む。犀家の家人は手をかそうとしたが、人に任せることはどうしてもできなかった。どんなに心が締め付けられても、それだけは自分の手でしたかった。
そして毎夜、こうして犀星が出てくるかもしれないと夢想しながら、冷たい回廊に腰を下ろす。
けれど今夜も、戸は開かないままだった。
心細さが重くのしかかる。目を閉じて、東雨は膝を抱きしめた。
(会いたい……せめて、声だけでも……)
疲労に満ちた身体が、静かに眠りに引きずられていく。
――コト。
微かな音がした。
東雨のまぶたがぴくりと動く。
それは、板戸がわずかに開く音だった。
淡い灯りが細い線となって廊下に落ちる。
「……東雨」
低く、けれど柔らかい声が響く。
東雨ははっとして目を開けた。
そこには、湯桶を抱えた犀星が立っていた。
長い髪が夜の闇に溶け、しかし灯りに照らされた白い肌は、どこか儚げに浮かんでいる。
「若……様……」
立ち上がろうとした東雨の足がもつれ、思わずよろめく。
「無理をするな」
犀星は静かにそう言い、すっと手を差し出した。
東雨は震えながら、その手に触れる。ほんの一瞬だけ、ぬくもりが指先を通った。
「こんなところで、何をしている」
「俺は……平気ですから。安心してください」
笑顔を作ろうとする。けれど、口元は引きつり、瞳は隠しきれぬ寂しさを湛えていた。
その視線に、犀星は気づく。
「……そうか」
短く答え、犀星は東雨の頭に手を置いた。
大きくも荒くもない手。十年もの間、この手に守られてきた。
「すまなかったな」
低く、胸の奥に響く声だった。
「おまえにばかり、任せきりにして」
「いえ……俺、何も……」
声がかすれる。強がる東雨の目尻に、ひとすじの涙が光った。
「……俺の着物を、洗って畳んでくれたのは、おまえだろう?」
ふいに、犀星が囁いた。
東雨ははっと顔を上げる。
「ど、どうしてわかるんですか……?」
「畳み方に癖がある」
犀星はわずかに目を細めた。
「この十年、ずっとおまえに世話をしてもらった。だから、すぐに分かった」
「……」
東雨は息を呑んだ。
自分の小さな気遣いなど、若様は気づかぬだろうと思っていた。
だが、犀星はちゃんと覚えていてくれた。
「それに――おまえの香袋、金木犀の香りがした」
微笑すら滲む声だった。
その瞬間、東雨の頬を伝って涙が零れ落ちる。
「俺……大丈夫です。安心してください」
もう一度、そう言った。
今度は、強がりではない。本気の声だった。
こんなにも、ちゃんと心が繋がっているのだから。
もう、怖くない。
犀星の手が、そっと東雨の頬の涙を拭う。
「……ありがとう。おまえには、感謝しかない」
東雨は唇を噛んだ。
(若様……)
たとえ一瞬でも、触れられただけでいい。
それだけで、心はこんなにも温かくなるのだ。
やがて、廊下に、また静寂が戻った。
けれど、東雨の胸の奥には、確かに犀星のぬくもりが残っていた。
――――――――――――――――――――
この頃の東雨、まだ、自分がどういう未来を迎えるか知らないんですよね…
「若様のお世話をする」って言いつつ、本当はただ「そばにいたい」と思ってしまう自分に気付きつつある。
……ただし、18歳とは思えない子供扱い感(^_^;)
この子の生い立ちを考えると、納得。相当精神的にしんどい生き方してますもんね。
(恵)
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