13 / 21

1−14【陽&星☘️】粟餅より甘く

<概要> ・リクエスト:めぐみん ・カップリング:玲陽&犀星 ・テイスト:ひたすら甘ったるい。 ・その他:漢の時代のばかっぷるのお手本のような話。 ――――――――――――――――――――  ある日の午前。  秋の陽が差し込む犀家の庭は、柔らかな風がそよぐたびに爽やかな香りを運んできた。  その庭の一角で、玲陽は犀星に支えられながら、ゆっくりと歩みを進めていた。 「あなたのところに行くなら、私、頑張ります!」  玲陽の声は、小鳥がさえずるように可憐だった。  白く長い指が犀星の手をぎゅっと握りしめ、少し震えている。  犀星は、柔らかな笑みを浮かべた。  長い睫毛が日差しを受けて影を落とし、青い瞳が玲陽を真っ直ぐに見つめる。  その瞳に映るのは、愛しい人だけ。 「かわいいな、おまえは……」  低く甘い声で囁き、犀星は玲陽の頬に頬擦りした。  玲陽は顔を赤らめて笑う。  それは無邪気な子供のようでもあり、愛する人にだけ見せる特別な表情でもあった。 「ほんとうに、すぐにそんなことを言って……」  小さく拗ねるように唇を尖らせる玲陽に、犀星は思わず吹き出した。 「だって、可愛いものは可愛いと言わずにいられない」 「……も、もう」  玲陽が一歩、ぎこちなく足を踏み出す。 「そうだ、上手いぞ、陽」  まるで幼子にするように、犀星はその背中に手を添え、全身で支える。 「兄様……」  震えた声で振り向く玲陽の唇を、犀星は優しく見つめた。  ふわりと軽く甘い口付けを、頬に落とす。  それだけで、玲陽は顔を真っ赤にして目を潤ませる。 「歩けるようになったら、もっと抱きしめてやる」 「……そんなこと言わないでください。今だって、たくさん抱きしめてくれてるじゃないですか」 「まだ足りない」  玲陽の腰を抱き寄せ、犀星は自分の胸に玲陽の頭を埋めさせる。 「おまえの全部を、抱きしめていたい」 「兄様……」  玲陽の細い腕が犀星の背に回る。  その力は弱いが、必死な想いが伝わってきた。 「私、もっと頑張りますから」 「うん」 「だから、ずっと、そばにいてください」 「もちろんだ」  犀星は玲陽の額に口付け、髪を撫でる。  花の香りと二人の吐息が混じり合い、庭は甘い空気で満ちていた。  ──それからまた、玲陽は一歩、また一歩と進む。 「偉いぞ、陽。じょうずだ」  犀星は拍手し、目尻を下げて満面の笑み。  その顔を見ただけで、玲陽の胸は熱くなる。 「兄様のために、もっと歩きます」 「えらい、えらい」  その後も、二人はひたすら甘やかし、甘やかされ、褒めて、抱きしめて、頬擦りして──  庭での歩行練習は、逢瀬にしか見えないほどだった。 「……すこし、疲れました」  玲陽が小さな声で言うと、犀星は即座に抱き上げた。 「頑張ったな。もう、今日はこれくらいでいい」  玲陽は頬を紅潮させながらも、犀星の首に腕を回す。 「兄様、私、歩けるようになったら……たくさん、兄様に恩返しします」 「恩返しなんて、いらない。おまえが元気で笑ってくれれば、それが何よりの宝だ」 「……兄様」  また近く眼差しが重なる。  風が二人を包み、犀家の庭は甘ったるい愛の囁きで満ちていった。  その日の午後。  玲陽は低い腰掛にそっと座っていた。断腸の傷は癒えきらず、体の奥底に鈍い痛みが残る。 「兄様……粟餅、作ってみたいです」  玲陽の細い声に、犀星はすぐさま穏やかな笑みを浮かべる。 「おまえの口からそんな可愛い願いが聞けるとはな。もちろん、作ろう。だが、無理は禁物だぞ」 「はい……でも、私も少しは……」 「少しで十分だ」  犀星は玲陽の髪を撫で、額に軽く口づけてから立ち上がった。長い袴を払って、すぐさま動き出す。まるで治水工事の現場で指揮を取った時のように、的確に厨房へ向かい、粟、米粉、蜜、そして餅を蒸すための籠を持って戻る。  玲陽は、犀星がきびきびと動く姿をじっと目で追う。その瞳には、尊敬と愛情と、ひそやかな喜びが溶けている。 「兄様、有能すぎます……」 「褒めても何も出んぞ。ほら、この布巾で手を拭け」 「はい……」  玲陽が小さな手で布巾を受け取ると、犀星はその指先をそっと包むように触れた。熱はないか、痛みは出ていないか、さりげなく確かめている。 「兄様……心配しすぎです」 「心配して何が悪い」 「ふふ、悪くないです」  二人で笑い合う空気は、まるで湯気のように温かい。  やがて犀星が台に材料を並べ、臼を用意する。 「では、最初は粟と米粉を合わせるところからだ」 「はい……混ぜるくらいなら、私もできます」 「よし、では任せる。ただし座ったままだ」  犀星は玲陽の隣に膝をつき、小さな鉢を彼の膝の上に置いた。玲陽は慎重に匙で粉をすくい、そっと混ぜ始める。その様子を、犀星が身を屈めて見守る。 「うまいな。力を入れすぎず、ちょうどいい」 「兄様が教えてくださるからです」 「いい子だ」  そう言いながら犀星は玲陽の髪を撫で、耳元に唇を寄せる。 「……おまえは本当に可愛い」 「兄様……っ、作業に集中してください」 「集中しているさ。だがおまえはもっと甘やかしたくなる」  犀星はそう言い、玲陽の頬に指先で触れる。玲陽は顔を赤らめ、思わず視線を逸らす。 「……兄様も甘いです」 「粟餅よりもか?」 「はい。兄様は菓子より甘いです」  犀星は笑い、玲陽の肩をそっと抱き寄せる。 「では、私の甘さでこの餅も美味くなるといいな」  二人の手で混ぜ終えた生地は、次に蒸篭に移され、かまどの上へ。犀星が火の加減を見極めながら薪をくべる。その姿はやはり有能そのものだ。 「兄様、火の扱いまで……」 「当然だ。おまえが食べるものに不手際は許さん」 「……兄様、大好きです」 「知っている」  玲陽の告白にも、犀星はさらりと微笑んで応じる。そして、空いた手で玲陽の背を撫で続ける。 「もう少しで蒸し上がる。匂いがしてきたな」  甘い香りが部屋に漂い始め、玲陽はうっとりと目を細めた。 「いい匂い……兄様の匂いと混ざって……」 「そんなことを言うな。私の理性が薄くなる」 「……兄様の理性なんて、初めからないのでは?」 「おまえがいるときは特にな」  玲陽はくすくす笑い、犀星の手を取り、自分の頬に押し当てた。 「兄様の手……あったかい」 「おまえもあったかい」 「兄様……ずるいです」 「おまえのせいだ」  再び二人は笑い合い、菓子より甘いひとときを楽しむ。  外では秋の風が庭の枝を揺らし、小鳥が数羽、飛びたった。  その日の夕刻。  回廊に、玲陽と犀星が並んで座っていた。  犀星は安心し切った顔で、わずかに玲陽に体を傾ける。玲陽は、少し照れた顔で小さく座り、両手で湯呑を持っている。 「……兄様」 「ん?」 「こんな時間に、こんなところで……誰かに見られたら、恥ずかしいです」  玲陽の頬は、ほんのり赤い。  犀星はふっと笑い、玲陽の細い肩に手を回す。 「人のことは気にするな。俺だけを見てろ」 「で、でも……」  玲陽は少し俯く。その頬が可愛くて、犀星はたまらず玲陽の顎に指をかけ、顔を上げさせる。 「おまえのその顔、声、仕草……全部俺のものだろう?」 「……兄様」  玲陽の瞳が、うるんと揺れる。  犀星は隣に置かれた菓子皿を手に取り、手作りの餅を一つ摘む。 「ほら、口を開けろ」 「えっ……」 「“あーん”だ」 「そ、そんな……兄様……」 「人のことは気にするなって言っただろう?」  犀星の瞳が、どこまでも優しい。  玲陽は観念して、小さな口を開ける。 「あーん……」  餅が玲陽の口に運ばれ、ほのかな甘味が舌に広がった。 「おいしいです……」 「そうだろう。おまえは俺が作ったものを食べると、必ず可愛い顔をする」 「か、可愛いって……兄様」 「可愛い。どんな時でも可愛い。寝ている時も、起きたばかりのぼさぼさの髪も、必死に字を書いている指先も……全部、俺は愛おしい」  玲陽は真っ赤になり、湯呑で顔を隠そうとした。  だが、犀星はそれをそっと外し、玲陽の手に口付けを落とす。 「逃げるな。俺を見ろ」 「……はい」  玲陽は視線を上げ、その美しい顔に見入った。  長い睫毛に縁取られた青い瞳、優美な頬の線、口元の微かな笑み。玲陽の胸がきゅうと締め付けられる。 「兄様は……いつも、すべてが素敵です」 「何が素敵なんだ?」 「何もかもです。歩き方も、話し方も、物を持つ仕草も……兄様は、誰よりも気高く、美しい」 「ほう……嬉しいことを言うな」  犀星は微笑むと、玲陽の頬に指先で触れる。 「俺は、おまえの声が好きだ。震えるような、優しい声。おまえの瞳が好きだ。どこまでも澄んでいて、俺のためだけに濡れる瞳」 「兄様……」 「そして、その唇が好きだ。泣いても、笑っても、俺に『兄様』と呼びかける時も……」  犀星の視線が唇に落ち、玲陽は息を呑む。  だが、そのまま回廊の奥から気配がした。  陰から覗いていた二人が、慌てて身を引いた。  涼景と東雨だった。 「……おい」 「何ですか」 「俺たち、見てはいけないものを見てる気がする」  涼景の顔は真っ赤だ。  東雨は真顔で頷く。 「はい。これは……甘すぎます。糖度が高すぎて、虫歯になります」 「虫歯どころじゃない。俺たちの目がやられる」  二人は回廊の影にしゃがみ込み、必死に気配を消す。  だが、玲陽と犀星の世界は完全に二人きりだった。 「もっと、あーんしろ」 「兄様ぁ……」 「おまえが食べるたび、俺は嬉しいんだ」 「兄様は……どうしてそんなに優しいのですか」 「おまえが可愛いからだ」  玲陽は両手で顔を覆い、小さく笑った。  犀星はその髪に指を通し、柔らかく抱き寄せる。 「もう、ずっとこうしていよう」 「……はい」  回廊の夕暮れは、二人だけの甘い世界に変わった。  影の涼景が小声で呻く。 「甘すぎて、胃が……」  東雨が神妙に答える。 「涼景様、もう目を閉じてください。これ以上は……生き残れません」  ふたりの世界は、誰にも邪魔できなかった。  歌仙の夕暮れ、ただ二人だけの時が流れていた。 ―――――――――――――――――――― 疲れた心に糖度を補給。 するつもりが、過剰摂取で逆に胸悪くなるレベル(^_^;) 久しぶりに砂糖吐いたわ。 実際にはこの時期って、犀遠の葬儀だのなんだので、甘い雰囲気になんてなれないはずなんですけどね。 まぁ、そこはそれ。 (恵)

ともだちにシェアしよう!