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1−14【陽×星🌺】祈り・賽の河原

<概要> ・リクエスト:非公開 ・カップリング:玲陽×犀星 ・テイスト:切ない。しっとり。 ・その他:賽の河原。玲心への想いが重たい犀星と、それを支える玲陽。 ――――――――――――――――――――  秋の夜気は薄く冷えて、庭に咲く曼珠沙華の赤が、月明かりに鈍い光を放っている。  犀家の屋敷の中庭。かつて玲心のために建てられた供養塚は、今は無残なまでに砕け散り、その破片が地面に散乱していた。  犀星はひとり、その石片をひとつひとつ拾い上げ、ゆっくりと積み上げていた。  その指先はいつものように白く、細く、品のある動きでありながら、僅かに震えている。  夜気が肌を刺すが、犀星は羽織を持たず、長い髪が肩に落ちるまま、膝をついて石を組む。  母・玲心。  幼い頃から、記憶の中でさえ決して色褪せることのなかった人。  亡くなったその日から、ずっと心の中に生き続けていた人。  言えなかった言葉がある。 「産んでくれてありがとう」  そう、ただ伝えたかった。  けれど、母は。  産んだ我が子を心底憎み、殺意すら抱いていたという。  それを知った今も、母への愛は消えない。  むしろ、さらに深く、苦い愛情となって犀星の胸を満たしていた。  ――母上は、悪くない。  すべては、母が孤独の果てに取り込まれた呪いのせい。  母のように恨みを抱えて死んだ人を、一人でも救いたい。  そのために、自分は生きる。  政治の世界に身を置き、苦しむ人々を救うと決めたのは、このためだったのだと、犀星はようやく自覚していた。  石を積み終え、犀星は両手をそっと合わせた。  その頬を、ひとすじの涙が伝う。  音を立てないように、ひそやかに涙を流すのが、この青年の癖だった。  ――どうか、母上。  どうか、怨みの苦しみから、解き放たれてください。  月が雲間から顔を出し、犀星の白い頬を淡く照らした。 「……星……」  寝台の上で目を覚ました玲陽は、隣にいるはずの犀星の気配がないことに気づき、不安に駆られた。  断腸の怪我で、まだうまく歩けない足に力を込める。  痛みが身体中を走り、目の前が暗くなる。それでも、玲陽は震える指で柱を掴み、必死に立ち上がった。  ふらふらとした足取りで、廊下へ出る。  回廊の向こう、庭から微かに漂う気配があった。  犀星だ。  彼がひとりで苦しんでいる。  玲陽の胸は張り裂けそうだった。自分が傍にいなければ。  庭に出ると、夜風が頬を撫で、曼珠沙華が赤い花弁を震わせていた。  視線の先、庭の隅で、犀星が跪いているのが見える。  砕け散った供養塚を、黙々と積み直している。  その背が、どこまでも孤独で、痛ましかった。 「……星……」  玲陽は小さく名を呼び、足を引きずるように歩みを進める。  一歩、また一歩。  傷が開きそうなほどの痛みが脚を裂くが、彼のもとへ行かずにはいられない。 「星……!」  ついに足がもつれ、玲陽は倒れ込むように犀星に抱きついた。  犀星の背に顔を押し当て、冷たい肩を抱きしめる。 「どうして、ひとりで……こんな夜に……!」  震える声が夜に溶けた。  犀星は、驚きもせず、静かに玲陽の腕を取り、その掌に自分の手を重ねた。 「……陽。無理をさせてしまったな」  その声はいつも通り穏やかだが、どこか遠く、凍てついたものを感じさせた。 「どうして……あなたがここにいるなら、私も……」  玲陽は必死に言葉を紡ぐ。 「あなたが、苦しいなら……! 私を……置いていくな……」  犀星の肩が微かに震えた。  やがて、彼は小さく息を吐き、静かに告げる。 「母上は……悪くない」 「……!」  玲陽は愕然とした。 「……なぜ……」 「それでも、俺の母上だ」  犀星は微笑んだ。  月明かりに照らされたその顔は、ひどく寂しく、そして美しかった。 「母のように、怨みに囚われた人を一人でも救いたい。そのために、私はこの命を捧げる」  玲陽は言葉を失った。  この人は、どこまでも優しい。  どれほど深く傷ついても、その痛みを力に変えようとする。  「……星」  玲陽は犀星の手を握りしめた。 「私は……あなたのために、生きる。あなたが誰を救おうと、どんな傷を背負おうと……私は、あなたの側にいる」  犀星はしばらく黙っていた。  やがて、その瞳に一筋の光が宿る。 「ありがとう、陽」  二人は寄り添い、月明かりの庭で抱き合った。  曼珠沙華が風に揺れ、花びらが一枚、彼らの肩に落ちた。  夜は深い。  だが、二人の間には、静かな光が差し始めていた。  それは、母への赦し。  そして、互いへの深い愛。  過去がどれほど痛みを伴っていても、二人は共に未来を歩むだろう。  犀星は、玲陽の温もりを感じながら、心に誓った。  母のように苦しむ者を、この世からひとりでも減らすために。  そして、この腕の中の人を二度と孤独にさせないために。  ――どんな絶望にも、必ず光を。  それが親王と生まれた者の宿命ならば、受け入れよう。  母上、私は生きます。  玲陽は、犀星の肩に顔を埋め、そっと呟いた。 「あなたは、私のすべてです」  犀星は目を閉じ、ただ静かに頷いた。  その頬に、月の光が一滴、落ちた。  秋の風が、曼珠沙華を揺らし、二人を包んだ。 ―――――――――――――――――――― 本編では敢えて触れていないところです。 玲心が自分を恨み、その想いが消えることはないと知っても、犀星ならこうするだろうなぁって。 だって、星は生まれてきてよかった、って思っているからね。 だから、母や、もしかしたら先帝や、犀遠や、玲芳や、関わってくれた人みんなに感謝。 どうしてそこまで幸せかって? そりゃ、陽に会えたんだもん。それだけだね。 (恵)

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