16 / 21
外伝 或いは〜【蓮章×涼景🌺】誰を思う
<概要>
・リクエスト:かの様
・カップリング:蓮章×涼景
・テイスト:切ない。しっとり。
・その他:犀星に関わる涼景に嫉妬?する蓮章。
――――――――――――――――――――
空には、雲の薄衣がかかっていた。
秋の初め、夜風はまだ生温く、宮中の庭はしんと静まり返っている。虫の声だけが、遠くでさざ波のように鳴っていた。
蓮章は、涼景の背中を見つめていた。涼景は、東屋の縁に腰を下ろし、黙って夜空を仰いでいた。肩に羽織る赤褐色の長袍が、風に揺れていた。
「涼」
呼びかけると、彼はわずかに振り返った。けれど、顔はすぐに前に戻された。
「……まだ、あの子のことで頭がいっぱいか?」
「違う」
即座に返された声は、少し硬い。それだけで、蓮章の胸が、きゅっと縮む。
自分がこうしてここにいるのも、ふと気づいたら、涼景の後を追っていたからだった。今夜も、涼景は屋敷に帰らず、親王・犀星のために警備の手配をしていた。食事もまともに摂っていない。眠れてもいない。
「最近、会うたびにおまえの顔がやつれてる。俺には、わかる」
声をひそめると、涼景は片手を額にあて、ようやく深く息を吐いた。
「そう見えるなら、すまない」
「すまない、って……なんだよ」
蓮章の声は、少し震えていた。
ずっと、そばにいた。
少年時代、剣術の稽古も、夜の語らいも、遠乗りのいたずらも、全部、涼景とだった。
十年におよぶ時間を共に過ごした。いつも、誰よりも近くにいた。
それが今は、ひと月で変わった。
十五歳の親王。まだ幼さの残る、白磁のような顔の若者。突然都に召喚され、身寄りもなく、ただ静かに立っていた。
その犀星に、涼景は――すべてを捧げた。
「……あの子のこと、好きなのか?」
口に出した瞬間、蓮章は後悔した。けれど、もう引き返せなかった。
涼景は、何も言わなかった。
沈黙が、風と一緒に庭を這っていく。
東屋の柱がきぃと鳴る。
蓮章は、声を殺して続けた。
「違うなら、違うって言ってくれ。そうじゃないなら……せめて、俺を見てくれ」
静かに立ち尽くす蓮章の目元が、夜の光で濡れて見えた。涙ではなかった。ただ、張りつめた感情のせいだ。
「涼、俺……おまえが、どれだけその子に賭けてるか、わかってる。おまえの正義も、責任も、恩義も、全部……わかってるつもりだ」
声が震える。
呼吸が浅くなる。
「でも、それでおまえが壊れたら……意味がないだろ」
ふいに涼景が立ち上がった。蓮章の肩に、そっと手が置かれる。
「蓮」
その声は、優しかった。
責めるでも、拒むでもない。
「星の父上……あの方に、俺は命を救われた。昔、戦場で何度も…… 俺が今あるのは、あの方のおかげだ」
「知ってる」
「その息子が、都で孤独に立たねばならない。周囲には敵ばかりで……誰かが、支えなければ、あの子は崩れる」
「おまえしか、いないと?」
蓮章の問いに、涼景は短くうなずいた。
「……だとしても。命削ってやることか?」
「命じゃない」
「じゃあ、なんだよ!」
叫ぶような声が、静かな夜に響いた。
虫の声が、ふっと遠ざかった。
「俺は……俺は、おまえのそばにいたい。昔みたいに、肩並べて、くだらないことで笑って……それで、充分だったんだよ」
涼景の目が、わずかに揺れる。
「俺を見てくれ、涼。もう、ずっとずっと、おまえしか見てない。おまえの正しさも、強さも、全部……好きだ……」
言ってしまってから、蓮章は目を伏せた。これで、全部が壊れてしまうかもしれないと思った。
だが――涼景の手が、そっと蓮章の肩に触れた。
そして、やわらかく引き寄せられる。
「知ってた」
涼景の低い声が、耳元に落ちた。
「知ってて……甘えてた」
蓮章は、驚いて顔を上げた。すぐそばに、涼景の目があった。
まっすぐで、深くて、そして、迷っていた。
その迷いは、真剣で、誠実だった。
「俺は……星に賭けてる。けど、それが全部じゃない。おまえのことも……ずっと、手放せなかった」
「なら――どうして」
「俺にとって、おまえは……安心できる場所だったから」
その言葉が、ひどく残酷に聞こえた。
「安心? それだけか?」
「違う。安心できるって、つまり……大切だってことだ」
涼景の手が、蓮章の頬に触れた。指が冷たかった。
そして、唇が――触れるか、触れないかの距離で止まった。
「すまない、蓮。これ以上踏み込んだら……俺たち、戻れなくなる」
「戻らなくて、いい」
蓮章の声は震えていた。
「もう、昔に戻るつもりなんか、ない。俺は……おまえと、未来に行きたい」
風がふっと吹いた。
庭の草が揺れた。
そして、涼景は――蓮章の額に、そっと口づけた。
「まだ、俺は決めきれない。星も、おまえも、どちらも……守りたい。欲張りすぎるか?」
「俺は……いい。待つのは慣れている」
蓮章は、涼景の胸に顔を埋めた。
「おまえが、迷ってる間中ずっと、傍にいる。だから……せめて、倒れんなよ。飯食って、寝ろ。俺が作ってやるから。なんなら、添い寝してやってもいい」
涼景は、微かに笑った。ほんの、ひとすじの笑みだった。
「……助かる」
夜空に、雲の切れ間から月がのぞいた。青白く、静かな光がふたりを包む。
十五歳の親王は、まだ眠っているだろう。
この夜、宮中の隅で――ひとつの約束が、静かに交わされたのだった。
――――――――――――――――――――
星と陽も幼馴染で付き合い長く、親族でもあるけれど、実は涼景と蓮章の方がトータルでは長い付き合いなんですよね。
絶対に一歩踏み込まない、けれど、そばを離れない。それが嬉しくて同時に残酷。特に蓮章は涼景しか見てないからね…
二次創作ではいつか、想いが叶うといいねぇ蓮( ; ; )
(恵)
ともだちにシェアしよう!

