20 / 21

1−15【星&陽🔥】秋空の星よりも

<概要> ・リクエスト:めぐみん ・カップリング:犀星&玲陽 ・テイスト:切ない。しっとり。 ・その他:これから、都に一緒に行きます! もう、一人にしないし、ならない! ――――――――――――――――――――  秋の夜は、歌仙の山を抜ける風の匂いを変えていた。樹々の葉擦れの音が、やわらかく、時に寂しく耳に触れる。  犀家の屋敷は、葬儀を終えて静寂に包まれていた。黒ずくめの喪服が片付けられ、焼香の香りも今は薄れ、明日からの新しい時間を迎えるために、誰もが深い眠りに落ちている。  ただひとつ、中庭に面した一室だけは灯が消えていなかった。  戸の隙間からわずかに、油灯の光。火は小さいのに、影は長く、二人の姿を壁に映している。  犀星は、毛氈の上に座し、膝にかけた褥越しに玲陽の手を取っていた。  長い指。関節のあたりがわずかに腫れ、傷跡が走る。  十年。何百、何千もの夜を、これほどに冷たい手で耐え抜いたのだと想うと、胸が詰まる。 「おまえの手は、こんなに細かったか……」  犀星の低い声が、天井に向かって消える。 「兄様の手が、大きくなったんです」  玲陽は笑った。だが、その笑みは儚い。  犀星が都で手に入れた権力も、剣を持つ腕も、命がけで築いた名声も、あの時の少年には予想もできなかっただろう。  それでも彼は信じていた。  ずっと。  犀星は、ゆっくりと玲陽の手の甲に口付けた。  小指に触れただけで、空気が僅かに震えた。  言葉より深い約束は、もうここにある。 「俺は、おまえを連れていく。都でも、どこでも。もう、誰にもおまえを触れさせない」 「はい。私も、星から離れません」  月明かりが欄間の影を落とし、室内を銀に染めた。  玲陽はそっと寄り添い、肩を犀星の胸に預ける。  心臓の鼓動が、互いの鼓動を誘うように速まる。 「……星」 「何だ」 「もう、耐えなくていいでしょうか」  その問いに、犀星は迷わず答えた。 「いい。これからは、俺が全部耐える」  震える指先が、そっと犀星の頬に触れた。  指先に伝わるのは、骨ばった頬の感触。十年の苦労が刻んだ陰影。  だが、同時にそこにあるのは、玲陽のために守り抜かれた強さだ。  二人は近くに向かい合い、互いの輪郭を確かめ合う。  口付けはできない。  それでも、両の掌で顔を包み、額を重ね、息を溶かす。  暖かい。  指先から伝わる熱が、氷のように固まっていた心を溶かしていく。  目を閉じると、十年間の地獄が遠ざかる。  今ここにあるのは、犀星と玲陽だけだ。 「星、私……生きてて、いいんですか」 「生きろ。俺のために」 「私があなたの生きる理由ですか」 「ああ。おまえがいるから、俺は死なずにいられた」  言葉の隙間に、夜風が吹き込む。  満天の秋の星座が、屋根の上でまたたいている。  玲陽がそっと呟く。 「どれほどの星があっても、あなたより美しいものはありません」  二人の指が絡まり、もう離れない。  唇を重ねられずとも、心は確かにひとつになった。  夜が深まるほど、二人はただ抱き合った。  犀遠の魂が空のどこかで見ているような気がして、そっと目を閉じる。  どうか、見守っていてください。  この愛が、もう誰にも壊されぬように。  静かな室内に、木板がきしむような音が一つ。  玲陽はゆっくりと上体を起こし、犀星にまたがるように膝をついた。月明かりが背後から差し、玲陽の細い肩や鎖骨の線を柔らかく縁取っている。 「星……」  玲陽の声はかすれて、震えていた。 「私、ずっと……あなたに触れたかった」  その手が犀星の頬を撫でる。親指が頬骨をなぞり、ゆっくりと唇の端まで降りていく。だが、決して触れはしない。玲陽自身も知っている。唇は、二人にとって禁忌の領域。  代わりに、玲陽はそっと犀星の胸元に顔を埋めた。  薄い寝着越しに伝わるのは、逞しい胸板と、規則正しく刻まれる心音。  トクン、トクン、と二つの鼓動が交わり、まるで同じリズムを刻むように一つになる。 「もう、怖くないんです」 「……そうだな」 「この温もりがあるから」  犀星の腕が玲陽の背中に回り、引き寄せる。  ゆるやかに髪に指を通し、何度も撫でるたび、玲陽は小さく震えていた。  その震えは怯えではない。  待ち続けた愛にようやく包まれている、幸福の震えだ。  玲陽の指先が犀星の首筋から肩へ、胸元へと滑り、やがて下腹に触れかけて止まる。  傷跡がある。  玲陽の身体にも、犀星の身体にも。  だが二人は、互いの過去を問いただすことはしなかった。  その代わり、指で傷をなぞり、そっと唇の形で息を吹きかける。  優しさと慰めのすべてを込めて。 「星」 「……」 「私たちはもう、離れません」 「ああ」 「どれほどこの体が壊れていても、心が壊れても、あなたのために生きます」 「おまえの命は、もう俺のものだ」  犀星が玲陽の後頭部に手を添え、額を押し付けるように重ねる。  そのまま、鼻先を擦り合わせ、頬と頬を寄せ合う。  目を閉じると、二人の吐息が絡まり合い、熱を帯びていく。 「……星」 「何だ」 「もっと、抱きしめて」  玲陽の声は、微かに涙が混じっていた。  十年間、どれほどこの腕を求めてきたか。言葉にしなくても、犀星には伝わっていた。  強く抱き締める。  玲陽の背骨が軋むほどに、互いの体温を交換し、心臓の鼓動さえ共有するように。  やがて、玲陽がゆっくりと顔を上げる。  瞳は、秋の夜空の星よりも鮮やかな金色。  その光が、犀星の蒼玉のような瞳に映る。 「このまま、眠りたくない」 「……俺もだ」  二人は横になり、向き合ったまま再び抱き合う。  玲陽の足が、犀星の足に絡みつく。  指先は肩から二の腕、そして胸へと撫で続ける。  犀星の掌は玲陽の髪を撫で、背をさすり、腰を抱きしめる。  まるで一つの命のように、二人は動きを合わせていた。  激しさはない。だが、その穏やかな愛撫の全てが、性の交わり以上に濃密だった。  体温、心音、吐息――それだけで十分だった。  やがて玲陽は、犀星の胸に顔を埋めたまま、ほとんど聞こえない声で呟く。 「星……あなたが……」 「……ああ」  月の光は優しかった。  どこまでも続く秋の夜。  互いの鼓動が次第に静まり、深い眠りが訪れても、二人が離れることはなかった。 ―――――――――――――――――――― いろんな事情でいろんなことができない二人ではありますけれど、だからこそ、心の距離はゼロなんだろうなぁ、って。 やっと、一緒に都に行けるね。 長かったねぇ(号泣) (恵)

ともだちにシェアしよう!