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第14話
夕方になって山の合間から眩しい西陽が差す。
そろそろ片付けよう、と一人がいって皆でテントやコンロを片付けていく。
「東條、今日来てくれてありがとな」
ゴミを纏めていると、横に上田が来て手伝ってくれる。
「こっちこそ、誘ってくれて嬉しかった」
「じゃあさ、また誘っていい?今度は二人であそぼ」
「うん」
目が合うと上田がにかっと笑う。愛嬌のある笑みにすっかり絆されてしまう。友達と二人で遊ぶなんて、そんなのは小学生以来かもしれない。
ずっと勉強漬けで人と関わることを拒んできた自分が、こうも人と関わるようになるとは。
片付け終わってその場で解散してそれぞれ帰路に着く。
ピロン、と通知音が鳴ってスマホを確認すると母親からだった。
《帰るついででいいので、醤油と料理酒を買ってきて下さい》
バスを乗り降りしてスーパーに寄るのも面倒なので、先に近くのスーパーに寄って買ってから帰ろう、と思ってバス停とは逆に歩く。
「東條どっか行くの?」
上田に声を掛けられて立ち止まる。
「親におつかい頼まれたから、スーパー寄ってから帰るよ」
「そっか。遅くならないように気をつけてな」
「うん、ありがとう」
じゃーな、と手を振る上田に、手を挙げてその場を後にする。
スーパーへと歩いていると、道端の居酒屋に電気がついて営業中の看板が出ていた。昼間ここを歩いていた時は、暗かったからこんな所に居酒屋があるなんて気づかなかった。
窓から中を覗くと、相澤先生がいた。テーブル席で一人飲んでいる。
顔が赤く染まっていて、ふわふわした表情でまだ酒を仰ぐ。かなり酔っている様子だ。
心配になって、居てもたってもいられずにお店へはいる。
「いらっしゃい!1名様?」
と店員に声をかけられて、首を振る。
「いや、中に人がいるんで」
そういうと、どうぞ!と店の中に通してくれる。
さっきの窓際のテーブル席へと歩くと、相澤先生がテーブルに突っ伏して一人でなにかぶつぶつと呟きながら思い悩んだように頭を抱えている。
「相澤先生、大丈夫?」
声をかけると、とろんとした目でこちらをじっと見る。
「ん……東條?なんでこんな所に、んん、夢か?」
ぼんやりとした表情で、ぺたぺたと確かめるように身体を触ってくる相澤先生。そんな様子がなんだか可愛く思えてふふ、と微笑みながら隣の席に座る。
「東條……かわいいな。なんでこんなに可愛いんだ?」
顔を両手ですりすりと触られて擽ったい。
「擽ったいよ、先生。酔いすぎ」
顔に触れてくるその手を上から包み込んでぎゅっと握る。可愛い、可愛い、と繰り返す先生に、恥ずかしくなって耳が熱くなる。
俺、多分今顔真っ赤だ。
「かわいい、東條……」
頬をすり、と撫でられる。
先生の顔が近づいてきて、至近距離の整った顔に胸がどきどきと鳴って、ごくりと唾を飲む。
「東條は、ダメ。絶対に、ダメなのに……欲しくなる」
その言葉の意味が分かって、胸がぎゅうと締め付けられる。
先生は顔を傾けて近づいてくる。熱の篭った瞳でじっと見つめられて動けない。
距離がほとんどゼロになって、先生の睫毛が頬に当たって擽ったい。
「っ、」
唇が触れる――。
その直前で、かくんと顔が落ちてぽす、と胸に重みを感じる。
「……せんせい?寝ちゃった?」
俺の胸ですやすやと寝息を立てて目を閉じる相澤先生に、はあと深くため息をつく。
「まったく、なんて人だよ……」
その状態で動く訳にもいかず、先生が起きるまでそのまま隣に座っていた。
小一時間程経ったくらいで、ん、と胸に預けられていた頭が動く。
「あ?……東條?どうして?俺……どれくらい寝てた?」
「1時間くらいかな?俺の胸で気持ちよさそうにすやすや寝てたよ」
相澤先生はサア、と顔を青ざめて慌てて時計を見る。窓の外は薄らと暗くなっていて、あと少ししたら日が落ちそうだった。
「ていうか、東條はなんでここに居るんだ?俺……何かしたか?」
おずおずと聞いてくる相澤先生は、さっきの自分の行動を覚えていないらしい。それに少しムッとして顔を逸らす。
「別に。べろべろに酔ってる相澤先生見かけたから、心配で来ただけ。そしたら先生、急に寝ちゃうから動けなくてずっと隣座ってた」
「俺の事なんてほっといてくれて良いのに……いや、悪い、遅くまで付き合わせて……」
「別にいいよ。親には遅くなるって言ってあるし」
申し訳なさそな顔をする相澤先生。
それからお会計を済ませて、外に出る。
少し酔いが覚めたのか、さっきまでのぼんやりとした表情は無くなっている。
さっきの相澤先生可愛かったのにな、と少し残念に思う。
「タクシー呼んだから、それで帰ってくれ」
「……わかった」
居酒屋の前で二人で立って待つ。
上田と3人の時は上田が話してくれていたから良かったけど、いざ二人きりになると何を話したら良いか分からなくて気まずい。
二人きりななるのは、屋上の時の一件があって以来だ。
先生は、俺の事をどう思っているんだろう。
歩道のない道を、大きなトラックが向かいから走ってくる。「あぶない」と、先生に腕を引かれて肩を抱きとめられる。
ふわりと柔軟剤のいい匂いがした。厚い胸に視界を遮られて、どきどきする。
「……先生、俺、先生が好きだよ。本気なんだ。先生は、俺を好き?」
そう言って見上げる。
「俺は……」
何か言いかけた時、タクシーが来て先生が振り返る。
そっと離れていく先生に、質問を交わされてしまったな、と気づいて何も言えなくなる。
「タクシー呼んでくれてありがと」
そう言ってタクシーに乗る。
「いや、そもそも俺のせいだからな。……気をつけて帰れよ。これ、交通費な。余ったら小遣いにでもしろ。運転手さん、この子家まで送ってやって下さい」
俺にお札を渡すと、運転手にそう言ってドアから離れる。
進み出すタクシー。
閉まっている窓から外を覗く。
「俺の事好きなくせに」
車内で呟く。
もやもやした気持ちのまま先生に向かって手を振った。
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