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第16話

放課後、先生を探しているけれど、どこにもいない。 もう帰ってしまったのかと思って駐車場をみてみるけれど、先生の車は停めてあるままだった。 どこにいったんだろうと、中庭をとぼとぼ一人で歩く。 夏休み、あの居酒屋の前で別れた以来先生とは話していない。 にゃあ、と足元から鳴き声が聞こえて見下ろすと、白地に黒模様の野良猫がいた。 立ち止まると人慣れしているのか足に柔らかな背中を擦り付けてにゃあ、ともう一度鳴いた。 「甘えてるの?かわいいやつだな」 しゃがんで背中を撫でてやる。 ごろごろと喉を鳴らして甘えてくる姿が愛らしくて、思わず口元が綻んだ。 ふと、顔を上げると相澤先生がいた。 その顔を見るだけで嬉しくなって、胸が高鳴る。 その横には上田がいた。 上田の表情はこちらからは見えない。 去っていく上田の背中を物憂げに見つめる相澤先生に、胸がざわつく。 どうしてそんな顔をしているんだろう。 相澤先生は、もしかしてまだ上田のことが好きなのか――? この前は、俺をかわいいと言って撫でてくれた。欲しくなると熱の籠った目で見つめられた。 だからてっきり相澤先生は俺のことを好きになったんだとばかり思っていたのに。 なんだ、まだ上田のこと好きなんだ。勘違いしていた自分が惨めに思えて、恥ずかしくなる。 相澤先生と目が合った。 怖くなって、目を逸らして背を向けた。逃げるように足早に歩くと、走って追いかけられて腕を掴まれる。 「……なんで逃げるんだ」 「上田くんと何話してたの」 自分でもわかるほど冷たい声。 相澤先生はばつの悪そうな顔をして言いづらそうに口を開く。 「東條のことだよ」 「……え?」 思ってもなかった答えに呆気にとられる。 「ずっと東條の気持ちから逃げてた。怖かったんだ。俺は誰からも認めてもらえない、駄目な大人なんだ。東條だっていつかは俺に愛想をつかす、そう思った。自分が傷つくことから逃げて、それでも東條のことを諦めきれない、俺は中途半端な人間なんだ」 「でも生徒達はみんな相澤先生のことが好きで、信頼してるよ」 「でも、俺はそんな生徒を好きになるような浅ましい男なんだ。生徒の前では完璧な教師を取り繕って演じて、みんなを騙してる。……こんな情けない男のどこが好きなんだよ」 「取り繕ってたっていいんじゃないの。それがみんなにとっての相澤先生なら、それだって本当の先生なんだから。そうやって築いてきた周りとの関係は、嘘なんかじゃない」 俺は相澤先生の手を取る。 骨ばったごつごつした大きな手は、少しだけ震えていた。 「先生、ずっと辛かったよね。でも、もう大丈夫。俺は先生の全部を知ってる。だから好きなんだ。情けないところも、先生が浅ましいと思うところだって、俺は全部愛しいと思うよ。だからね、安心してよ。先生の全部を俺に預けてほしい」 そういって潤む瞳を見つめる。 頬を撫でる。筋肉質でかたい肌。容姿は決して弱くはみえないけれど、その心はこんなにも弱く脆い。 そんな先生を俺は守ってあげたいと、愛しく思う。 「東條……好きだ。どうしようもなく」 そう呟くように言った先生に、身を寄せて抱きしめる。 「俺も、大好きだよ。ずっと離さない」 先生の腕に苦しくなるほど抱きしめられる。でも今はそれすら心地よく思えた。

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