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花の調教
夜が明けきらぬ静寂の中、イリアはうっすらと目を覚ました。
柔らかな絹のシーツに包まれてはいたが、その下の身体は火照ったままで、熱の余韻がまだ皮膚に残っているようだった。昨夜、王に触れられた場所――乳首、太腿、唇。そのすべてがじくりと疼いていた。
隣にいたはずの王の気配は、もうなかった。
手を伸ばしても、そこにはただ冷たくなった寝台の空気だけが残っていた。
――すでに王は、何も言わずに姿を消していた。
静寂のなか、イリアはそっと息を吐いた。安堵なのか、寂しさなのか、自分でも分からなかった。
だが、ひと息つく間もなく、天蓋の外から細やかな足音が聞こえた。扉が開き、静かに数人の侍従が現れる。
「イリア様、朝の儀にご案内いたします」
彼らは深紅の衣に金の刺繍を施した礼服を纏い、決して目を合わせようとしなかった。ただ淡々と、イリアを“箱庭の花”として扱っていた。
まだ眠気が残る身体に、薄絹のローブが着せられる。香 の間へ向かうための朝の礼装だという。
まるで神殿へ捧げられる供物のように――そう思った瞬間、胃の奥がきゅっと締め付けられる。
「どうして……」
問いかけに答える者はいなかった。ただ、静かに導かれるように、赤い絨毯の上を歩かされる。
やがて、イリアは再び香の間へと通された。
赤い花弁が敷き詰められた湯槽。その中央に、絵のように座っていたのは、昨夜の青年――ジュナンだった。
彼は真珠のような肌に白金の鎖をいくつも巻き、長い金髪を湯に垂らしている。細く整った指先で、香油をすくって首筋に伸ばす仕草は、まるで見せるために生まれたかのような美だった。
「ご機嫌よう、リュサの子。今日は私が、花の咲かせ方を教えて差し上げます」
艶やかに笑うジュナンの目は、昨日よりも湿り気を帯びていた。
イリアは扉の前で固まり、思わず後ずさろうとした。けれど、すでに侍従たちの手が背に触れ、静かに衣を解いてゆく。
肌があらわになり、香の間の熱が全身を包み込む。
――逃げられない。
足元に絹が落ちる音。香の甘さが肺を満たす。
そのまま湯に沈むように促され、イリアは静かに身を沈めた。
◆ ◆ ◆
「緊張していますね。ほら、力を抜いて」
背後から回り込むように、ジュナンが身体を密着させる。湯に濡れた肌と肌が触れ合い、背中に柔らかく張りついた胸元から、くすぐるような吐息がかかる。
「大丈夫、私はあなたを壊しません。むしろ、開いてあげるのです」
耳元にささやかれた瞬間、ジュナンの指がゆっくりとイリアの胸に触れた。
湯の中でなぞるように撫でられ、指先が乳首に当たるたび、息が詰まる。
「こんなに敏感……ああ、やっぱり良いですね、最初の反応って」
細く笑う声。
唇が耳たぶをくすぐり、濡れた髪が肩を滑る。
「怖いですか? でも、王の前で咲く前に、私たちが整えてあげなければ。じゃないと……痛いだけで終わってしまいますからね?」
柔らかな声と裏腹に、ジュナンの手は確かだった。
乳首をつまみ、親指で転がし、軽く吸い上げる。
イリアは堪えようとして、喉を鳴らすことしかできなかった。
ぴちゃり――湯の中で撫でる音。
ジュナンの手が下腹部へと滑っていき、指先が性器に触れる。
「……っ、やめ……」
「可愛い。こんなに拒絶しながら、ほら……熱いですよ」
湯の熱か、それとも指のせいか。判断できない。
触れられている場所は火傷のように熱く、そこだけが異物のように膨らんでいく。
「こっちはどうですか?」
湯の中で、別の指がゆっくりと尻の谷へ滑り込む。
イリアは本能的に脚を閉じようとしたが、すでにジュナンの脚が絡んでいて、それすら叶わない。
――やだ、触られたくない……でも。
押し当てられるように座らされ、膝を広げられる。指先が、ぬるりとした香油と湯に混じって、狭い入り口にそっと触れた。
「まだ入れませんよ。ほぐすだけです」
そう言いながら、円を描くように撫でられ、すぐに快感とは別の痺れが走る。
吐息が漏れた。ジュナンの唇が、項に吸いつく。
「感じてもいいんです。ここでは、快楽に素直なほど褒められる」
――そんなの、知らない。
でも、身体は逆らえなかった。
香、湯、指、唇――すべてが境界を溶かす。
「綺麗にしてあげますね」
ジュナンが立ち上がり、イリアを膝に座らせる。
湯に溶けた香油を掌にとり、丹念に腰や太腿の裏を撫で回す。柔らかな指が、内腿の敏感なところまで触れて、そこだけが何度も震えた。
目を閉じれば、もう自分の身体が自分のものではないようだった。
◆ ◆ ◆
ようやく湯から上がると、侍従たちが用意した布が巻かれる。
けれど、肌に触れたその布が、あまりにも薄く透けていて、すぐに火照った肌が浮かび上がる。
イリアの顔が赤くなるのを見て、ジュナンは悪戯っぽく微笑んだ。
「恥じる必要はありません。あなたはこれから咲く花です。美しさを誇ればいい」
湯から滴る水が床を濡らす中、イリアは静かに立ち尽くしていた。
身体は熱く、胸の奥ではまだ微かに疼きが残っていた。
「……もう戻っていいか?」
その声に、ジュナンは片眉を上げて、わざとらしく言った。
「戻る場所なんて、もうありませんよ?」
それは残酷な事実だった。
彼はもう、悦楽の島の“花”として扱われている――それを、身体が誰よりも理解し始めていた。
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