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双蛇との饗宴 Ⅰ

 エリオスに案内されたのは、豪奢な天蓋付きの寝台が置かれた広間だった。天蓋からは薄紫のヴェールが優雅に垂れ下がり、その繊細な布地は、まるで夢の中の霧のように、柔らかく揺れていた。  寝台の中の様子は直接は見えないが、ヴェールが薄いため、その内側に人影があるのはすぐに分かる。いや、それは一人ではなかった。寄り添うように、あるいは交わるように、二つの影がぼんやりと浮かび上がっている。  その影は静かに、けれども確かに動いていた。絡み合い、重なり、引き寄せ合う様子は、まるで二匹の獣が本能のままに求め合っているかのようだ。輪郭は曖昧だが、その滑らかな動きにはどこか艶があり、見つめるだけで胸の奥に熱が広がっていく。 「ここは……?」  イリアは傍らのエリオスを見上げ、震える声で尋ねた。先ほどジュナンから受けた愛撫の余韻が、不穏な気配とともに身体に蘇ってくる。その一方で、背筋を駆ける微かな痺れと、疼くような欲望が確かに存在していた。  ――まだこの島に来て、二日しか経っていないというのに。もう、この身体は後宮の空気に染まりはじめているのか。 「俺の“庭”だよ、リュサの子」  エリオスは、艶を帯びた声音でそう囁くと、そっとイリアの腕を取り、寝台の方へと導いた。心臓が、奇妙な音を立てて高鳴りはじめる。期待と不安がないまぜになった感情を胸に、イリアは弟王に手を引かれ、薄紫のヴェールの向こうへと足を踏み入れた。 「エリオス様……!」  ヴェールの内側に入った瞬間、二つの甘やかな声が重なり合い、イリアの耳をくすぐった。その声はまだ若く、鈴の音のように澄んでいながら、どこか挑発的な色を帯びている。あどけなさの奥に、淫らな熱が潜んでいた。 「……っ!」  ぼんやりとした薄明かりの中、浮かび上がった光景に、イリアは思わず息を呑んだ。寝台の上では、銀の首飾りだけを身につけた二人の少年が、真珠のような白い肌を絡め合い、まるで双蛇のように滑らかに身を寄せ合っていた。  ふわふわとした金髪に、翠の瞳。顔立ちも、背格好もよく似ている。双子……なのか。二人はゆるやかに体を解き、エリオスに小さく頭を下げると、イリアに向き直って好奇心を湛えた眼差しを向けてきた。 「新しい“花”ですか? エリオス様」 「この子も、僕たちが育てるのですね?」  イリアは、一歩後ずさりそうになる足をなんとか踏みとどめた。視線をそらそうとするが、ヴェールの中で微笑む双子の少年たちの姿は、どこか幻想的で、逃れることができない魔力を帯びていた。 「リュサの花に触れるのは初めて……楽しみですね」 「うん。肌がとてもきれい……すぐに咲かせられそう」  少年たちは、しなやかな動きでイリアに近づいてくる。その瞳は好奇心と期待にきらめき、まるで新しい玩具に触れるような無邪気さと、花を愛でるような繊細さが同居していた。 「名を教えて、君の名前」  片方が囁くように問いかける。イリアは少し戸惑いながらも、「イリア……」と小さく答えた。その瞬間、もう一人の少年が嬉しそうに手を伸ばし、イリアの手をとる。 「イリア……可愛い名前。じゃあ、僕たちは《カイ》と《シス》、エリオス様の“調香師”だよ」 「ちょ、調香師……?」  イリアが驚いたように繰り返すと、双子は声を揃えて笑った。 「僕たちは香りで、身体と心を開かせるのが得意なんだよ」 「うん、どんな花も、最も美しいかたちで咲かせる。それが僕たちの“役目”」  カイとシスは、ゆっくりとイリアの手を引きながら、寝台の縁に座らせた。エリオスはヴェールの外に立ち、意味深に微笑む。 「好きにしていい。イリアを、俺の色に染めておいで」  その言葉を合図にしたかのように、双子は手を動かし始めた。まずは細く繊細な指先が、イリアの首筋や腕を撫でる。まるで羽のように軽やかで、けれど確かに肌の奥まで届くような触れ方だった。 「緊張してるね……でも、すぐに気持ちよくなるよ」 「君の中にある甘い蜜、全部引き出してあげる」  カイはイリアの髪に顔を埋め、やわらかく香りを吸い取るように息を吐いた。その気配に、イリアの背筋がぞくりと震える。  シスは手に持った小瓶を開け、ほのかに甘くスパイシーな香油をイリアの鎖骨へと塗り込んでいく。その香りは妖しく、頭がふわりと浮くような陶酔感をもたらした。 「う、あ……っ」  思わず漏れた声に、双子は満足げに微笑む。指先が滑らかにイリアの肌をなぞり、香りと共に、未知の感覚が身体を緩やかに侵食していく。    指先が皮膚を撫でるたびに甘い熱が走る。だが、ふと頭をよぎったのは、ラザールのあの冷たい眼差しだった——忘れられるはずもないのに、今、自分は……。  ――情けない。でも、心地いい。怖いのに、もっと……  そんな複雑な心情を見透かすかのように、傍に立つエリオスがじっと自分を見つめているのが分かる。 「いい子。感じるってことは、ちゃんと咲けるってこと」 「この“庭”にぴったりの、華やかで艶やかな花になれるよ、イリア」  イリアは、双子の囁きに身を委ねながら、自分の中で張り詰めていた何かが崩れ落ちていくのを、はっきりと感じていたーー

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