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不安と欲望の狭間で
自室へと戻る頃には、すでに空は紅く染まっていた。真紅の箱庭ーー島の名の由来となった花々が、より一層の鮮やかさで視界に迫ってくる。
イリアの身体には、まだカイとシスから受けた調教の痕が生々しく刻まれていた。しかしそれは、決して不快な感覚ではなく、むしろ心地良いと思えるものだった。二人の手による柔らかな愛撫も、蕾をほぐされた感触も、全てがイリア自身の変化と愛奴としての成長を物語っていた。
そして、未だ頭の中で木霊する、エリオスが放った言葉。
「お前の花弁は、確かに美しくほころびはじめている。でも、それが誰の手で開かれるか……お前自身が、選ぶんだ」
選べるのか…俺に?
寝台の上で快楽の名残を感じながら、昼間の中庭で見たラザールの無関心な視線を思い出し、何故か胸がずきりと痛む。無数の美少年たちを侍らせて、まるで昨夜の情熱が夢であったかのように、何の感情もこもらない目でこちらを見る王の顔。そこに、率直な愛情を感じさせるエリオスの言葉が再び重なる。
「誰の手で開かれるか……お前自身が、選ぶんだ」」
双子にたっぷりと愛されて疲弊した身体を横たえ、自分が翻弄されているのを感じながらも、イリアの意識は次第に微睡 の中へと沈み込んでいったーー
◆ ◆ ◆
「イリア様、夜伽の時間です」
侍従の声で目を覚ますと、窓の外にはすでに青白い月が昇っていた。真紅の衣に身を包んだ侍従たちは、今朝と同じようにこちらに目を合わせようともせず、淡々とイリアの身体を「もの」のように扱い、王に謁見するための礼装へと着替えさせる。
礼装と言っても、それはあくまでも王の「花」としての衣装だ。甘美な欲望を掻き立てるための小道具…深紅のシルクとレースで作られたそれは、肌にぴったりとフィットするように仕立てられていた。
見た目以上に柔らかな布地は、イリアの身体に触れるたび、ひんやりとした冷たさとともに、次第に温かさを感じさせる。透けるような布地のため、上半身はほとんど露出されており、股間を大胆に強調させるデザインで、動くたびにシルクが肌に密着し、微細な震えをもたらす。
着替えが終わると、侍従たちは無言で頷き、イリアを王の間へと導いた。イリアは、自分がラザールの元へと近づいていく度、不安な思いと甘美な欲望のどちらをも感じていることに気づいていた。
ーーまた、愛してくれるのだろうか?
ーー昨夜と同じように、イリアを扱ってくれるのだろうか?
しかし、王の間へ続く扉が開かれ、いざラザールの目の前に献上されると、そんな微細な心の揺れは一瞬にして消え去った。
「来たか、リュサの花」
寝台に身を横たえた、ラザールの姿と、こちらを射抜くまっすぐな視線は、王としての完璧な威厳を感じさせるものだった。その圧倒的なオーラに、思わずイリアの身体がすくむ。ラザールは、そんなイリアの萎縮した姿を愉しむように、こちらを見て優美な笑みを目元に浮かばせた。
ーー違う。
ーー昼間の中庭で見せた無関心な表情とは、全く
「よく似合っている」
ラザールは、イリアの全身を、まるで自らの所有する花を鑑賞するように見つめながら、寝台の傍らに置かれた銀の盆の上から葡萄を一つ手に取り、口に含んだ。その仕草が妙に淫らで、イリアの身体に刻まれた快楽の痕を刺激する。
「どうしたイリア、早く傍に寄れ」
その言葉を耳にした瞬間、イリアは寝台に向かって無意識に歩き出していた。奴隷としての自分に選択権など与えられていない。侍従がそっと、黒子のように王の間から出ていくのが横目で見える。…王と二人きり。
朝はジュナンから手ほどきを受け、昼間はエリオスの「花」ーーあの可憐な双子たちと交わっていたのにも関わらず、欲望が身体を支配しているのを感じる。しかし、その一方で複雑な思いが胸に渦巻いているのも確かなことだった。ラザールは、自分に対してどんな感情を抱いているのか。今見せている優しさと、昼間の無関心さ、どちらが本物なのか…
「どうした、リュサの花? 何か別のことを考えているのか?私の前では、お前はただ美しく咲けば良いーー弟が何を吹き込んだのかは知らぬが…」
その言葉に、イリアは羞恥で頬が紅く染まるのを感じた。エリオスの「庭」で起きたことを、まるで王に全て見られていたかのような錯覚に陥る。
「お前は私のものだ。誰にも渡したくない」
予期せぬ情熱的な言葉に、イリアの頭は混乱する。しかし、それとは裏腹に身体は確かに歓びを感じていた。混沌とした感情のまま、寝台に横たわる王の元へ跪く。
「私の元へ来い、イリア。これを…」
ラザールは、葡萄をまた一つ手に取り、イリアの唇にその果実を押し当てた。甘い果汁が、彼の唇を伝う。イリアはそれを受け入れ、じっと目を閉じる。まるでラザールの手に自らを委ねることで、全ての悩みが解消されるかのように。
「さあ、イリア。今宵も愉しもう。私はお前の蕾が開くところを早く見たくて堪らない」
ラザールはイリアの顎に触れると、その柔らかい唇を押し当ててきた。滑らかな舌の感触が、イリアの口腔を甘く刺激する。
「っ…ん、はあ…」
思わず声が漏れ出る。しばらく舌による愛撫を続けた後、ラザールはイリアの華奢な身体を軽々と持ち上げ、寝台にのせると、自らの横に侍らせた。分厚い掌が、イリアの薄いシルクの衣装をゆっくりと剥ぎ取っていく。指先が胸を這い、まだ小さな果実のような乳首を撫で回し、甘い痺れでイリアを翻弄する。快楽が、彼を支配していく。
「イリア、お前はこの庭で最も美しい…私は、お前を…」
途中で途切れた言葉の続きを促すように、イリアはラザールの目を見つめ返す。しかし、その瞳の中に映るのは、無数の矛盾と欲望が交錯する自分自身の姿だったーー
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