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解放の儀式 Ⅰ

 窓から差し込む真昼の太陽が、肌を灼く。    ミフリに言われた通り、日が真上に昇るのを待って自室を出ると、イリアは指定された「地下室」へと向かった。地下室は、ミフリが管理する魔術院の塔の内部にある。後宮を出て、中庭に向かうと、案の定そこには半裸の少年や青年を侍らせて戯れるラザールの姿があった。  ラザールと彼らが、まるで鳥が餌をついばむように口づけを交わす度、昨夜の出来事が脳裏に蘇り、イリアの身体は熱くなる。ただでさえ、これから自分を待つ新たなプログラムの内容を想像し、肉体が火照り始めているというのに。その光景は、目に毒だ。  しかし、イリアは自身の変化に気づいてもいた。以前のように、その様子を見ても胸が痛まない。前夜にイリアが受けたあの恥辱を思えば、口づけを交わすことなど挨拶に等しいものだ。蕾は、確かに刺激を欲して疼いているが、王の寵愛は今、確かに自分に向けられている。  ーー大丈夫、俺は何も感じない。  イリアにはすでに、「花」としての確かな自覚と、自信が芽生え始めていた。それを自らに向かって証明するかのように、ラザールの前を横切る時も、堂々とした姿勢で歩き続けた。 「イリア、今朝はずいぶん早く姿を消したな」  ラザールが、腰に座らせた少年の乳首を愛撫しながら、やや堅い、「昼間の調子」で話しかけてくる。寝台で囁く甘い声音とは全く違う、島の主としての威厳を十分に感じさせる低い声。 「申し訳ありません、あまりにお疲れのようでしたので」  微笑みながらそう返すイリアの顔を見ても、ラザールの表情は動かない。しかし、その心の奥でどんな感情が渦巻いているのかは分からなかった。昨夜寝台で見た、濃い陰影の浮かび上がる王の顔を思い出す。  ーー見かけに騙されてはいけない。  ーーこの男は、島を統べる「王」なのだから。 「ミフリに呼ばれているのだろう?気をつけて行ってこい。お前の蕾が成長するのを楽しみに待っている」  王はそう言うと、再び半裸の「花」たちとの戯れを再開した。イリアは、短く礼をすると、ラザールの元を後にし、ミフリの待つ魔術院の塔へと向かった。どんな試練が待ち受けていようとも、俺は「花」として成長してみせる。この島に咲く、最も美しい「花」として。  そして、いつかこの男と対等に、いや、むしろ手玉に取ってやるぐらいの「力」を手に入れてみせる。  イリアの胸は、自分でも理由のよく分からない高揚に満ち溢れていたーー ◆ ◆ ◆  その塔は、島の南端にそびえる黒い指のようだった。空を引き裂くように伸びる尖塔には、得体の知れない力が渦巻いている気がした。    イリアが到着すると、すでにミフリの侍従と思われる黒いローブを纏った人物が入り口で待ち構えていて、中へと案内された。薄暗い広間には、今朝方頬を寄せられた時に嗅いだ、あの甘美な白檀(びゃくだん)の香りが立ち込めていて、いやでもイリアの官能を刺激する。 「こちらへどうぞ」  ランプを持つ侍従に従い、広間の奥から、地下に伸びる階段を降りて行く。下っていく度に、肉体を刺激する香りが強くなり、ミフリのーーあの銀髪の魔術師の気配が強くなる。イリアの蕾が、花の根が、これから自分を待ち受けるはずの快楽の予感に疼いている。 「こちらです」  しばらく続く長い廊下の先に通されたのは、これまでの薄暗さが嘘のように明るい広間だった。魔法陣のようなものが描かれた床に、豪奢なシャンデリア、そして、その中央に立つミフリ。小柄ながらも不思議なオーラを放つその姿から、イリアは目が離せなかった。白檀の香りが、強く鼻腔を刺激する。  ーーこれから何が俺を待ち受けているのだろう。  高鳴る胸の内で、心臓の鼓動が早くなる。 「ようこそ、リュサの花。ここは私の『開発室』だ」 「開発室?」 「そう、今からここでお前の性脈を解放する」 「…?」  言葉の意味を汲み取れず、怪訝な顔をするイリアに向かって、ミフリはいつものあの皮肉めいた笑みを浮かべた。 「まあ良い、儀式が始まれば嫌でも分かるに違いない。さあ、その魔法陣の中央に立ちなさい」  言われた通り、床に描かれた魔法陣の真ん中に歩み寄る。特殊な塗料が使われているのか、魔法陣はヒカリゴケのような独特な輝きを放っていた。  イリアが中央に立った瞬間、ミフリは何か呪文のようなものを唱え始めた。すると、魔法陣の輝きはさらに増していき、やがて光の渦のようなものが立ち込め始めた。そして、その中に人の姿のようなものが見える。 「彼がお前の性脈を解放する、淫魔だ」 「…淫魔」  やがて光の渦が消え去ると、イリアの目の前には、褐色の肌を持つ美しい青年が立っていた。黒髪に、黒い瞳。青年は小さな銀色の腰布だけを身につけており、無駄な肉のついていない、彫刻のような体がほとんど露になっている。その肉体を見ただけで、強い欲望を感じる自分の身体がさもしく感じられる。  青年は、まっすぐな瞳でイリアを射抜くと、微笑を浮かべながらイリアに近づき、静かに彼を抱き寄せた。そして、顎に指を添えて口づけをすると、イリアの衣服を優しく剥ぎ取り始めたーー

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