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狂乱の始まり
扉が完全に開かれた瞬間、強い光がイリアの目を射抜いた。
巨大なシャンデリアの下で、5、6人の若い男性たちがテーブルを囲んで食事をしている。皆品が良く、豪奢な衣装を身に纏っているところからすると、貴族か、もしくはどこか別の国の王族かもしれない。
「これ…は?」
「今宵の夜伽のお相手、貴賓の方々でございます。西国の名のある一族の王子たちだと伺っております」
「ここで、一体何を…」
「ラザール様の命によれば、彼らを丁重に扱えとただ一言…」
立ちすくむイリアに気がついた一人の若者が、まるで新たな料理が運ばれてきたかのような顔で彼を見つめ、何か囁いた。面差しは整っているが、毒蛇に似た鋭い眼差しを持っている男だ。
すると、テーブルについていた全員が一斉にこちらの方を向き、あからさまに品定めをするかの如き視線で、イリアを上から下までじっくりと舐め回すように眺めた。実際にはそうしていなかったが、イリアには彼らが心の中で舌なめずりをする様子が見て取れた。
「これが今日の『花』か」
「なるほど、確かにラザール殿のいう通り美しい」
「おい、早くこちらへ来い。俺たちに酒を注げ」
「いや、注ぐのは酒ではなく蜜だろう、何せ彼は『花』なのだから」
彼らが笑い声を上げると、供された酒の匂いがぷんと鼻につく。イリアはどうして良いか分からぬまま、とりあえず前へと歩み出た。侍従が静かに扉を閉めて退室してしまうと、彼は獣たちの中にただ一人取り残された、獲物のような気分に襲われた。それは、これまで感じたことのない感情だった。
ーー彼らの相手を、俺一人で…?
ーーこれも「花」の仕事なのだろうか?
疑問が渦巻く中、イリアは言われるがままに葡萄酒を注ぎながら、テーブルを一周した。その間、当然のように肩を抱かれ、腰に腕を回され、口づけをされた。薄い衣装の下から根や蕾に触れてくる王子もいた。品の良い顔つきとは異なり、その所作は極めて好色で、無粋なものだった。
ラザールやエリオスの愛撫とは異なる、剥き出しの欲望。しかし、情けないことに刺激を求めるイリアの身体は、彼らのそんな悪戯にも反応を示してしまう。刺激を受けて変貌の兆しを見せる根を、一人の王子が目ざとく見つけ、揶揄うような手つきで布漉しに指先でつつく。
「見ろ、もう蜜を垂らし始めているぞ」
「何と淫らな。酒よりも早くこちらを味わいたい」
そう言うと、王子たちはイリアに、衣装を脱ぎ去るよう命じた。それは、人に何か命令することに慣れた者特有の、有無を言わさない声色だった。イリアは、感じたことのない羞恥で、見る見るうちに自分の頬が染まっていくのを感じていた。何故だろうーーこれまでももっと恥ずかしいことはしてきたというのに。
その時ーー広間の扉が再び軋みを立てて大きく開かれた。
現れたのは…見たこともないほど壮麗な衣装に身を包んだ王、ラザールだった。
◆ ◆ ◆
イリアは、その瞬間、まるで希望の光が差し込んできたかのような思いに襲われた。ラザールは、恐らくこの状況から自分を救いにきてくれたのだ。やはり、彼らの相手をするなどというのは、何かの間違いだったのだ。しかし、そんなイリアの儚い期待は、彼が放った一言で脆くも崩れ去った。
「皆さま、我が庭に咲いた『花』はお気に召しましたでしょうか?」
ラザールは、羞恥でいたたまれなくなっているイリアの方を見もせずに、テーブルについた王子たちに向かって深々と頭を下げた。その声色は、寝台でイリアを抱く時とは比べ物にならないほどに冷徹で、乾いたものだった。王子たちは、王の登場に歓声を上げながら立ち上がると、同様に深く頭を下げた。
「もちろん、とても満足しております。このような『花』で食卓に色を添えてくださって」
最初にイリアを見つけた毒蛇のような目を持った男が、そう言ってイリアの元へと近寄ってきた。
「ラザール殿、今宵は彼を我々の自由にして良いと、申されましたな」
ーーラザールがそんなことを?
ーー嘘だ、信じたくない…
イリアは、混乱した頭で二人の顔を交互に見つめながら、息を飲んでその場の成り行きを見守った。しかし、救いを求めて彷徨うイリアの眼差しも、王の元へは届かなかった。
「もちろんでございます。イリアよ、早くその衣装を脱ぎ、この方々にお前の蕾を見せてやりなさい」
その瞬間、イリアの中で、何かが崩れていく音がした。ラザールは、自分を守るためにやってきたのではなかった。むしろその逆だったのだ。彼は、島の王として、「花」である自分を彼らに差し出すための、この宴の主催者としてここを訪れただけだった。イリアは、自分が単なる「性の器」であることを改めて思い知った。しかも自分は、ラザールやエリオスだけに所有されているのではない。単なる共有財産なのだ。
イリアは、かつてないほどの恥辱の中で、自ら衣装を脱ぎ去り始めた。肌が少しずつ露わになる度に、若い王子たちが歓声を上げる。しかし、もっとも屈辱的だったのは、そんな状況にも関わらず、イリアの蕾が快楽の予兆に疼きを感じ始めていることだった。
狂乱の宴が、今始まろうとしていたーー
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