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満ちてゆく蕾

 息も絶え絶えに倒れ込むイリアの元へ、ラザールの足音が近づいてくる。そのゆっくりとしたリズムが、快楽に疲弊したイリアの耳には、まるで癒しの音のように響いた。甘美な刺激と混乱が、まだ全身に残っている。しかし、ラザールがそこにいる、というだけで、心地よい安心感を覚える。 「よく頑張ったな、イリア」  ラザールは床に崩れ落ちたイリアの背中を慈しむように撫で、頬に優しく口づけをした。その態度には、さっきまでイリアが王子たちの「捧げ物」になっている様子を冷徹に見つめていた、島の主としての崇高さは微塵も感じられなかった。ただ、夜伽の時にイリアを寵愛する、あの優しさだけが存在していた。  ーーやはり、王は俺を愛してくれている…?  ーーこれは、「性の器」としての単なる義務なのか…  安堵と混乱に沈み込むイリアの身体を、ラザールの腕が優しく抱きかかえる。その唇が、吐息を漏らすことしかできないイリアのそれを甘く包み込む。つい数分前まで、悦楽の応酬に遠のきそうになっていた意識が、長らく乾いていた砂地に水を垂らされたかのように、蘇ってくるのを感じる。 「王…これは…」 「仕方ないのだ。咲いた『花』は、愛でられなければならない。分かってくれ、私も辛い。だが、それがこの島で生きるということだ」 「これからも…?」 「近隣諸国とうまくやっていくためには、色を添える美しい『花』が必要だ。この後宮は、政治を潤滑に行うための切り札でもあるのだよ」  ラザールの言っていることは、確かに頭では理解できた。だが、イリアの心はまだそれに追いつかない。これまでの王との蜜月が、まるで色褪せて遠のいて行ってしまうのを感じる。王は、俺を愛しながらも、|政《まつりごと》を行うための道具としても扱っている。そのことが、まだ上手く飲み込めない。  だが、それを受け入れる以外、生きていく術が他にない、というのもまた確かなことだと、イリアの意識の深い部分は理解していた。それが、性脈を開かれたものとしての本能なのか、生来の聡明さによるものなのかは分からなかったが、ともかく王の愛と、今宵のようにイリアの身体が扱われることは切り離して考えるべきことなのだ、ということは分かった。 「王…ラザール様…」 「どうしたイリア?」  喘ぎ疲れて掠れてしまったイリアの声を聞き取ろうと、ラザールの顔が近づいてくる。イリアは、そこで初めて、自ら王の唇を求めた。それはまるで、子供が親の愛情を求めるかのような無垢なものだったが、ラザールの唇が自らのそれと重なると、甘美な刺激へと様相を変えていった。さっきまで恥辱に耐え続けた身体の芯が、再び復活の兆しを見せる。イリアの根が、力を取り戻す。 「っん…ん…はぁ…」  イリアは喘ぎ声を漏らしながら、まるで砂漠を歩き疲れた商人が、偶然見つけたオアシスで喉を潤すかのように、ラザールの唇を貪った。王の舌が、イリアの唇を割って中へ侵入し、歯列をなぞりながら、口腔を優しく愛撫する。その懐かしい味わいに、イリアの根は蜜を漏らした。 「イリア、お前は本当に美しい、それにーー淫らだ」  その時、イリアの唇に応えるラザールの目に、一瞬だけ、言い知れぬ哀しみが浮かんだように見えたーー気のせいかもしれないが。  だが、次の瞬間、ラザールは我慢できなくなったように、イリアの身体をその場へ押し倒し、口づけを交わしたまま、蜜を漏らす根を片手で優しく包み込んだ。もう片方の手が、イリアの胸に芽吹いた二つの小さな蕾を柔らかく愛撫する。その刺激は、さっきまで王子たちに蕾を貫かれていた野生的なそれとは一線を画す、愛情に溢れたものだった。王子たちは身体を弄ぶように触れたが、ラザールの指先は、まるで傷を癒すように優しかった。  ーー王の愛が本物なら…  喘ぎ声を漏らしながら、イリアは考えていた。    ーー俺はこの先も、さらに「花」としての力を身につけよう。  ーーそして、この島で最も気高い「花」として咲いてみせる。  狂乱の後の広間には、愛に満ち溢れた淫靡な音だけが響き渡っていたーー ◆ ◆ ◆  翌日の後刻まで、イリアは一度も目を覚まさずに眠り続けた。何度か、悪夢のようなものにうなされて声を上げたような気もするが、それもまるで、現実感の伴わない夢の中の出来事のようだった。王子たちの接待でイリアの心は確かに傷ついていたが、その後にラザールからの寵愛を受けたことで、傷痕は確かに浄化されていた。一瞬だけラザールの目に浮かんだ哀しみの色も、王の愛情の証なのだと、イリアには感じられた。  窓から差し込む日差しの強さに瞼を開ける。寝台に横たわった自らの身体を、まるで他人のそれであるかのように眺める。実際、イリアの肉体はもう彼だけのものではなかった。それは、王と、王の政略に捧げる島全体の共有財産なのだ。若い王子たちによって、本能のままに貫かれた蕾が微かに昨夜の痛みを思い起こさせたが、すでにイリアの心に迷いはなかった。  |香《かぐわ》の間で身を清めた後、中庭に出る。しかしそこにラザールの姿は見当たらず、他の「花」たちが時間を持て余すようにただ寝そべったり、水浴びをしたりしているだけだった。誰も、イリアに話しかけてくる者はいない。しかし、今のイリアにとってはその孤独が心地良かった。  吹き抜ける風が、イリアの柔らかい髪を靡かせる。そのまま庭の一角に腰を下ろし、瞼を閉じる。島に来て以来、久々に訪れた平和なとき。  ーーだが、それもそう長くは続かなかった。 「イリア」  名を呼び止められて振り向くと、そこには意外な人物が立ったままこちらを見つめていた。  その姿を目にした瞬間、イリアの心の奥に小さな棘のようなものが疼いた。それが恐れなのか、期待なのかは分からなかったがーー

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