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運命の花

「エリオス様…」  イリアは、不意に現れた弟王の姿を、まるで幽霊を眺めるかのように見つめた。昨夜の出来事を経験した今となっては、ラザールとエリオス、二人の腕に抱かれたあの特別な夜の記憶が、幻であるかのように感じられる。中庭に立つエリオスは、相変わらずの美貌と威厳を兼ね備えていたが、どこか哀しげにイリアを見つめているように思えた。 「イリア…昨日お前が…王に、兄上に『あれ』をさせられたと聞いたよ」  エリオスは、そう言うとイリアに近づき、そっと柔らかく肩を抱いた。接待の後にラザールと交わした口づけのように甘く、優しい感触。思わず、心臓がとくとくと脈打ち始める。甘く匂い立つ王族特有の高貴な香水の香りが、イリアの蕾を刺激する。しかし、その抱擁に性的な意味合いが含まれていないことは何となくイリアにも理解できた。むしろ、彼を慰めるような… 「すまなかった。兄上もそうしただろうが、俺からもお前に詫びよう」  イリアは慌てて体を離すと、胸の前で手を振った。 「良いんです、あれは、『花』として当然のことだから」 「王が、兄上がそう言ったのか?」 「…はい、でも、俺も今ではそう考えています。この島での自分の役割を、また一つ学んだというだけのことです」  イリアがそう言うと、エリオスは再び哀しげな眼差しで彼を見つめ、ふっと横を向き儚い笑みを浮かべた。その表情にどんな意味が含まれているのか分からなかったが、イリアはどこか、胸が締め付けられるような思いに駆られていた。それは、接待の後にラザールと交わした口づけの味とも似ていたが、どこか憂いを帯びているようにも思えた。  ーー何故エリオス様はこんな顔をするのだろう?  ーー俺は『花』として当然のことをしたまでなのに。  イリアの頭は混乱する。遠巻きに、他の「花」たちが二人のやりとりを見守っているのが分かったが、すでにそれは彼にとって雨音や風が木々を揺らす音のような、無意味な代物でしかなかった。イリアは選ばれたものなのだ。こうして、王族と二人で会話をするのが許されるほどに。臆することなど何一つない。 「しかし、兄上のやり方は少し目に余るものがある。聞くところによれば、事前の説明もなしにさせられたというではないか」 「それは…確かに驚いたのは事実です。でも俺は…」  イリアは慌てて釈明する。しかしーー 「俺について来い」  イリアの言葉を遮ると、エリオスはやや強引に彼の腕を掴み、すたすたと中庭を横切り始めた。二人のやりとりを見守っていた「花」たちが、虫が鳴くように密かな囁きを漏らしている。 「え、ちょっと…一体どこへ…」 「いいから来い。お前に、この島のもう一つの顔を見せてやろう」  エリオスは振り返らずにそう言うと、先程の柔らかい抱擁とは打って変わって、力強くイリアの腕を握りながら、有無を言わさぬ勢いでどこかへと向かい歩みを速めた。  ーーもう一つの顔って?  ーー彼は俺をどこへ連れていくつもりだろう?  混乱の渦に巻き込まれながらも、イリアは弟王の言う通りにするしかなかった。 ◆ ◆ ◆  エリオスに導かれて到着したのは、小さいが豪奢な、丸みを帯びた建物だった。まるで、リュサの民の豪族が砂漠に建てるテントのようだ。青を基調にした壁にはところどころ金や銀の細工が施され、陽の光を受けて眩しいほどにイリアの目を射抜いてくる。 「ここは…?」  イリアがエリオスの背中に問いかけると、弟王はそっと横顔だけを見せて振り返り、ただ一言、こう言った。 「お前の運命が見える場所だ」 「俺の…運命…?」 「まあ中に入れば分かるさ、ちょうど今、お楽しみの最中だ」  そう言いながら、エリオスが色とりどりの貝殻で細工された扉を静かに開く。その瞬間、むせ返るような香の匂いがイリアの鼻をついた。いや、香の匂いだけではない。人間の汗と体液の匂い、それは、この島で嗅ぎ慣れた熱を帯びた「あの香り」だった。「花」として蕾を開かせたイリアの体が、自然と高揚の反応を示す。そんな中、まるで音楽のように甘い声が、彼の耳に飛び込んできた。  「んっ…はあ…んん…っあああ!」  暗闇の中で、誰かが喘いでいる。そして、それを取り囲むたくさんの男たちの姿が影絵のように見える。極限まで照明を落とした建造物の内部は、陽炎を見ているかのように幻惑的だ。ようやく目が慣れてくると、男たちの中心で喘ぎ声を漏らしている、白い肌の青年の姿が、まるで闇に咲く睡蓮のようにぼんやりと浮かび上がってきた。  ーー美しい…。  思わずごくりと唾を飲み込む。そんなイリアの肩にそっとエリオスの手が置かれる。イリアは、その感触を確かに感じながらも、男たちの中心で乱れる「花」の存在感から目を離すことができなかった。異国の陶磁器のように真っ白い肌、赤く染まった可憐な唇、肩まである、少しウェーブのかかった長い金髪、そして、透き通るような青い瞳。  何よりも、その体の中心にそそり立つ根が、イリアの目を引く。男たちに絶え間なく愛撫を受けながら、茎に蜜を滴らせるその根は、神が造形したもののように美しい。 「ああっ…もっと…もっとお願いします」  その「花」は全身を薄紅色に染めながら喘ぎ声を上げ続けている。 「んっ…はあっ…僕をめちゃめちゃに…壊して…んんっ…」  彼を取り囲む男たちは無言で青年の体を弄んでいたが、その熱気は痛いほどにイリアにも伝わってきた。さらに言えば、イリアの根や蕾もまた、確かな反応を示していた。青年が昂るほどに、イリアの体もまた熱を帯びていく。青年は、まるで天から降臨した性愛の神のように、体をしならせて全身でエロスを体現していた。  ーーすごい…昨日の僕とはレベルが違う  ーー彼は一体、何者なんだろう?  イリアの心の声に応えるように、エリオスがそっと身を屈め、彼の耳元でこう囁くのが聞こえた。 「彼の名はシュリ。この庭で最も美しく完成された『花』だ。お前も…いずれこうなりたいか?」

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