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葛藤と欲情に溺れて…

 エリオスと別れ、自室に戻った後も、イリアは寝台に横たわりながら、弟王の言葉を頭の中で反芻せずにはいられなかった。 「俺と一緒にこの島を出ないか?」  それは、確かに自分が求めていはずのセリフだった。この島を出て、自由になること。再びリュサの民として、砂漠で自由に生きること。そう、元々自分は奴隷狩りに遭い、無理矢理ここへ連れて来られたのだ。そして、いつの間にか男たちに抱かれ、「花」として生きることを強いられていた。  その中で、イリアは確かに美しい「花」として開花した。そして、ラザールという男と心を通わせ、寵愛を受けることに甘美な歓びも覚えた。さらに、蕾を完全に開かせて、美しい「花」として咲き誇ることこそが、自分が目指す道だと考えるようになった。しかしそれは、この島で一生を終えるためではなかったはずだ。そもそも、自分を閉じ込めるこの檻、真紅の箱庭から脱出するための手段だったのだ。  ーー本当に、この島を出られるのだろうか?  ーーエリオス様は、一体何を考えているのだろう?  イリアは額に手を当てながら、寝台の上で寝返りを打ち、煩悶とする心を落ち着かせようとした。しかし、閉じた瞼の裏に浮かんでくるのは、無数の男たちに抱かれながら、愛欲の限りを味わい尽くしていたシュリの姿だった。ラザールの手の元で、完全に咲いた「花」。確かに彼は、神々しい美しさを放っていたが、ああなりたいのかと尋ねられれば話は別だった。  イリアは、単なる商売道具になるために自らを開花させたいのではない。ラザールの寵愛に心の安らぎを覚えているのは確かだが、シュリのように身も心もこの島に捧げたいわけではない。「花」として力をつけ、やがてこの島を出るために、もっと上へ行きたいのだ。  ーーエリオス様の言葉が本当なら…  ーーもしもこの島を出ることに成功するなら…  若い王子たちに心ゆくまで弄ばれたあの夜の記憶が、イリアの脳裏に蘇ってくる。そして、その後に交わしたラザールとの優しい口づけ。ラザールの愛は本物なのか?それとも、「第二のシュリ」を育てるための、まやかしなのだろうか?もしそうなら、ここでエリオスの誘いに乗ることは、自分を救う最も手っ取り早い方法になる。  どうすればいいんだ。何度考えても、自分が誰を信じるべきなのか、イリアには分からなかった。ラザール、エリオス、シュリ、そしてその他大勢の「花」たちの顔が次から次へと頭の中に浮かび上がってくる。彼らはまるで、イリアを惑いの淵に追いやるかのように、陰りのある笑みを浮かべているように感じられた。  刻々と、時間だけが過ぎてゆく。いつまでもそうしているうちに、窓の外には月が昇り、再び夜伽の時間が訪れた。 ♦︎ ♦︎ ♦︎  侍従たちに連れて行かれたのが、昨夜の「接見の間」ではなかったことに、イリアはひとまず安堵した。そこは、慣れ親しんだラザールの閨。美しく気高い王が、イリアに愛と快楽を与えてくれる場所。さっきまで悩んでいたのが嘘のように、いや、体が心を裏切るかのように、イリアの蕾や根が早くも疼き始めるのを感じる。  ーー早く愛されたい。  ーーあの甘い刺激を、身体中で味わいたい。  イリアは自分の魂がそう囁いく声が聴こえる気がした。気がつかないうちに、肉体が火照りを帯びてくるのを感じる。今夜も、身につけているのは薄い布でできた夜伽用の扇情的な衣装のみ。すでに、イリアの根が反応を示しているのはどこから見ても明らかだ。 「失礼いたします」  侍従たちとともに、閨の中へと足を踏み入れる。ラザールは、いつものように巨大な寝台に半裸の状態で寝そべり、昼間とは異なる、妖しくも優しい微笑とともにイリアを出迎えた。鍛え抜かれた褐色の肌が露わになっているのを見るだけで、イリアはその中に飛び込んでいきたい衝動に駆られる。早く自らの根を、蕾を、彼の指先や舌で愛撫してほしい。そして、寵愛の証である口づけを激しく交わしたい。  しかし、寝台へ近づこうと歩みを速めたその瞬間、再びあの声が蘇った。 「俺と一緒にこの島を出ないか?」  エリオスの優しい口づけの感触とともに、舞い踊るように男たちの餌食になっていたシュリの姿が頭にちらつく。駄目だ、今はそんなことを考えてはいけない。足を止めたイリアの様子を見とったのか、怪訝な表情でラザールがこちらに視線をやり、寝台の上で半身を起こす。 「どうしたリュサの子よ。早くこちらへ来い。私の腕の中へ」 「はい…」  イリアは、必死で頭に浮かんだ昼間の残像を打ち消しながら、寝台へと近づき、王の胸の中におさまった。ラザールの唇が、イリアのそれを優しく愛撫する。舌先が口腔内を柔らかく蹂躙し、互いの唾液が混ざり合い、糸を引く。 「んっ…んん…あ」  思わず喘ぎ声を漏らすイリアの頭を愛おしげに撫でながら、ラザールは、夜伽用に身につけた衣装の隙間から指を差し込んで、胸の突起を柔らかく刺激する。唇と胸を同時に愛撫され、早くもイリアの根は蜜を滴らせる。何だか、全てがどうでも良い。イリアは疼いて仕方がない蕾をはっきりと意識しながら、頭の中が快楽で埋め尽くされるのを感じた。 「イリア、やはりお前が一番美しい…」 「っん…は…っあ…ラザール…様…」  イリアはまるで獣の子のように、必死でラザールの唇を求めた。王もまたそれに応じて、激しい接吻を返してくる。そのことがどうしようもなく幸せに感じる。とりあえず今夜はこれで良い。イリアは、頭の芯が痺れるような歓びを感じながら、そう思った。エリオスのことも、シュリのことも、この島を出ることも、全て忘れてこの快楽に身を任せよう。俺は、今この瞬間、ラザールの「花」になるのだ。  ラザールの逞しい体にしがみつきながら、与えられる刺激と快楽に身を任せる。  しかしーー  ラザールが、イリアの身につけた夜伽用の衣装を脱がせようとしたその瞬間。 「ラザール様、有事です!」  閨の外で侍従がそう叫ぶ声が聞こえ、半鐘の音が窓の外から響き渡り始めたーー

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