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絶望の始まり
シュリの幻影が消え、覚醒した瞬間、大勢の男たちが自分を取り囲んでいるのが見えた。皆厳しい顔で、こちらを睨み付けるようにして立っている。イリアは、その威圧感に思わず息を呑みながら、周囲の状況を把握しようと辺りを見回した。
窓のない、薄暗い狭い部屋。壁にいくつかかけられた燭台だけが、心許なく室内を照らし出している。まるで地下牢のような雰囲気だ。
「…何だ?これは一体…」
そう呟きながら腕や体を動かそうとするが、びくともしない。イリアは、縄で四肢を縛り付けられ、磔の状態で壁に立たされていた。衣服は何も身につけておらず、完全な裸だ。
混乱した頭で隣を見ると、同じように磔にされている少年の姿があった。ジュナン——この「真紅の箱庭」に到着した日、イリアの体を香油で清めてくれた古株の「花」だ。項垂れた顔は、燭台のわずかな明かりに照らされてはいるが、影になってほとんどその表情を判別することができない。
ーー何故彼が?いや、その前にどうして俺はこんな目に遭っているのだろう?
ーー確か貴賓楼が燃やされ、侍従が「賊」を捕らえたと言って…
どれだけ考えても、頭の中が思考でいっぱいになり、この状況を整理できない。何よりも、イリアを見つめる男たちの視線。これじゃあまるでーー
その時、イリアを取り囲んでいた男たちがざわめきを上げ、一斉に跪くのが見えた。まるで波を掻き分けるようにして、「彼」が現れる。
ーーラザール!
イリアは、彼の姿を目にした瞬間、安堵が胸の中に広がるのを感じた。きっと、彼は俺を助けに来てくれたんだ。この状況はきっと、何かの間違いに違いない。彼が一言言ってくれるだけで、俺は解放される。きっと、この状態から脱することができる。
しかし、そんなわずかな希望も、ラザールの厳しい表情を見た瞬間に打ち砕かれた。イリアを見つめる彼の目には、明らかに怒りのようなものが浮かんでいる。ラザールは、そのまま片膝をついた侍従たちの中心で仁王立ちになると、イリアを前にしばらく沈黙した。
「ラザール様、これは…どういうことですか?」
沈黙に耐え切れず、イリアは掠れた声で王に向かってそう尋ねた。ラザールは厳しい表情を崩さないまま、イリアとジュナンを交互に見つめ、深いため息とともに口を開いた。
「イリア、こんなことになって私は本当に残念だよ」
「…こんなことって、どういうことですか?俺は何も…」
「言い訳など聞きたくない。全てジュナンが吐いた」
そう言われて、思わず磔になったジュナンの姿を見ると、その体に無数の傷が刻み込まれているのが分かった。さっきは目が慣れていなくてよく分からなかったが、紫色のアザが美しい顔全体につけられている。それを目にした瞬間、彼が激しい拷問を受けたことが分かった。
「言い訳って…何が何だか全く分からない」
「まだシラを切り通す気かリュサの子よ。さすがに俺が見込んだだけのことはある」
その声には、今まで聞いたことのない皮肉めいた色が滲んでいる。また、口元にも歪んだ笑みが浮かんでいるのが分かった。
「俺は本当に何もしてない!」
思わずイリアがそう叫ぶと、ラザールの顔に、ほんのわずかだが憐れみのような色が滲んだ。だが、それもすぐに掻き消え、再び厳しい表情に戻る。
「あくまで知らぬ存ぜぬを貫き通す気だな、イリア。ならば俺が教えてやろう。お前がやったことを」
そう言うと、ラザールはこちらに近づき、イリアの顎をくい、と持ち上げた。自然と、視線がぶつかり合う形になる。
「お前はジュナンに命じて、貴賓楼に火をつけさせた。そして、館もろとも、自分よりも早く完璧に咲いた『花』であるシュリを焼き殺そうとしたのだ。生憎、シュリはその時別の部屋でご指名の客の相手をしていて不在だった。つまりーーお前の計画は失敗に終わったわけだ」
「どうして俺がそんなことを…?一体それで、俺に何の利益が…」
「原因は嫉妬と野心だろう、リュサの子よ。聞くところによれば、お前は昨夜の昼間、エリオスとともにあそこを訪れ、シュリの姿を目にしたそうじゃないか。彼がいなくなれば、自然とお前はこの島で一番の存在になる。恐らくそれが…」
「違うっ!」
イリアは、ラザールの言葉を遮るようにして叫んだ。非礼だと分かっていても、そうせずにはいられなかった。何故なら、イリアがシュリを見て抱いた感情は、全く逆だったからだ。そうだ、エリオスが全て知っている。彼の証言さえあれば、イリアがまさかそんなことをするはずがないと王も納得するはずだ。
「エリオス様を…ここに呼んでください。俺の潔白を証明するために。きっとこれは…何かの罠です。誰かが俺を陥れようとして…」
「その必要はない」
イリアがそう言いかけた瞬間、そんな声が聞こえ、再び侍従たちの間にざわめきが広がった。先程と同じように、跪いた侍従たちが左右に分かれ、道ができる。その間を、悠々と通ってくる人物の姿を見て、イリアは再び言葉を失った。
「エリオス様…」
エリオスは、不思議な笑みを浮かべながら、靴音を響かせてこちらに歩いてきた。王が、イリアの体から離れ、自らの弟の隣に歩み寄る。ラザールとエリオスが並ぶと、強烈なオーラが二人の体から発せられているのが分かった。
しばらく沈黙が周囲を包んだ後、エリオスはゆっくりと口を開き、こう言った。
「俺が証言しようーーイリアは、彼は間違いなく有罪だ」
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