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恥辱の果て

 その言葉を耳にした瞬間、イリアの頭は本当に真っ白になった。磔になったままの状態で、目眩が全身を覆うような感覚に陥る。エリオスが何を言っているのか、全く意味が分からない。イリアは、信じられない気持ちで弟王の顔とラザールの顔を交互に見比べた。しかし、彼らの表情は全く変わらない。むしろ、先程よりも険しくなっているようにさえ感じられる。  ーーこれは一体どういうことなんだろう?  ーーエリオスは、何を考えている?…だって、彼は俺に言ってくれたじゃないか、ともに逃げようと——あれは一体何だったんだ? 「とにかく、罪が発覚した以上、私はもうお前を今までのように扱うことはできない。せっかく、もう少しで満開になろうとしていた『花』だったのに」  ラザールは、そう言いながら再びイリアに近づくと、顎をくい、と持ち上げて名残惜しげな眼差しでこちらを見つめた。唇が近づいてきて、イリアの口を塞ぐ。しかし、その接吻は、これまでで一番冷たいものだった。何の味もしない。燃えるような情熱も、温かな愛情も、何も感じられない。まるで、鋼でできた人形とキスしているかのようだ。 「この根も、蕾も、すべて完璧だった。お前はここまでよくやった——しかし、やはり出自というのは大切だな。リュサの子よ、所詮お前は蛮族の子供だ」  イリアはその言葉を聞き、思わずきっと目の前のラザールを睨みつけた。自分を汚されるよりも、氏族の名に傷をつけられる方が、屈辱を感じる。彼の胸の中にまだほんのわずかに残されていたリュサとしての自尊心に、少しずつ火がついていくのが分かる。 「俺は何もしていません、これは何かの間違いだ」  王に鋭い視線を向けながらそう言うと、その背後でエリオスが高笑いするのが聞こえた。 「罪人が今更何を言うか、ではこのジュナンが嘘をついていると言うのか。お前は自分にだけ咎がないと申すつもりか」  エリオスはそう言いながら、王の隣に並ぶと、裸に剥かれたイリアの胸元をすーっと撫でた。こんな状況にも関わらず、その感触に体が熱を帯びていくのを感じる。屈辱と恥ずかしさに頬を赤く染めながら、イリアは弟王の顔も、王にしたのと同じように睨みつけた。彼が何を考えているのか分からないが、とにかくこんな茶番には耐えられない。  しかし——  イリアの根や蕾は、悲しいことに確かに反応の兆候を示し始めていた。どうしてだろう、王の口づけでは何も感じなかったと言うのに。不思議に思いながらも、自分の体を制御することができない。一度開かれてしまった蕾は、元の純粋なそれにはもう戻らない。どんな状況下においても、肌に触れられれば、感じずにはいられないのだ。 「っ…ん…」  思わず喘ぎ声を漏らすイリアを面白げに眺めながら、エリオスが首をもたげ始めた根を柔らかく愛撫する。それは決して激しいものではないにも関わらず、イリアに暗い快感をもたらすのに十分だった。 「は…あっ…ん…ああ」  エリオスはそんなイリアを見ながら、隣に立つ王に向かって言った。 「ご覧ください兄上。『花』はたとえ朽ちかけていても『花』。イリアを吐かせるには、『この方法』が一番かと。もしよろしければ、彼の処分は私に一任して頂けませんか?兄上は、もう彼の顔も見たくないことでしょうから」  ラザールはその言葉を聞き、しばし黙考していたが、やがて何かを決意したかのような表情で口を開いた。 「分かった。お前の言う通り、イリアのことについてはお前に任せよう。その代わり、明日中に口を割らせるのだぞ。彼が自白しない限り、イリアがどうなるかは分かっているな」 「もちろんです。ジュナンと同じように、いや、主犯ですから、さらに厳しい処分を——」 「最悪の場合も常に想定しておけ」  ラザールはそう言うと、もう一度名残惜しげな眼差しをイリアに向けると、背を向けてその場を立ち去った。イリアは、絶望的な気持ちでその背中を見つめた。  ーー王が、俺を見捨てた?  ーーあのラザールが、俺のことを…  立ち去りながら、ラザールは言った。 「エリオス、彼を『花墓の塔』に幽閉しろ。分かっているだろうが、私の決めた猶予は絶対だぞ」 ♦︎ ♦︎ ♦︎  それから何がどうなったのか、イリアは全く記憶していない。気がつけば、彼は先程よりもさらに薄暗い場所にいた。そこは、まさに罪人が入れられるような、牢獄だ。壁の上の方に僅かに設けられた小さな穴から、弱い光が差し込んで彼の体を照らしている。  相変わらず何も身につけていないが、もはやイリアは磔にはされていなかった。ただ、冷たい床に寝かされ、気休め程度の襤褸を一枚、掛けられているだけだ。しかし、その布切れでさえ今のイリアには暖かく感じられた。  ーー寒い、もう夜は明けたのだろうか。  全てから隔絶されたようなこの部屋の中では、今が午前なのか後刻なのかすら分からない。しかし、うっすらと鳥の声が聴こえることから、まだ日が暮れるには時間があることが分かる。それにしても、この扱いはおかしい。全く身に覚えのない罪によって、裸でこんなところに寝かされているなんて。  イリアは、徐々に静かな怒りが込み上げてくるのを感じた。エリオス。全ては奴の奸計なのか。昨日あれほど優しくしてくれたのは、彼を陥れるための罠だったのだろうか。しかし、目的が分からない。今、自分がどのような状況に置かれているのか想像もつかない。  ーーしかし、ラザールは猶予は明日までだと言った。  ーー光が差し込んでいるなら、もうとうに夜は開けているだろう。  つまり、今日中に潔白が証明されなければ、恐らくイリアの命はない。何故なら、王は「最悪の場合も常に想定しておけ」と言っていた。「最悪の場合」とは、恐らくイリアの死を指すに違いない。どうしよう、どうすれば。イリアは顔を抑えて必死に涙をこらえた。しかし、両頬を伝うその水滴はとめどもなく溢れてくる。  ーーもう誰も、誰も信用できない。  ーー王も、エリオスも、もちろんその他の人間も  しかしその時、イリアの絶望もよそに、誰かがこちらに向かって近づいてくる足音が聞こえてきた——

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