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第一章 第3話 主のいない部屋

 なんだか重い……と思って目が覚めるとクロが僕の上で丸くなって寝ていた。毛触りのいい背中を撫でてやると顔をあげて見つめてくる。まるで大丈夫か? と言われてるようで。 「大丈夫だよ」とクロに声をかけていた。何故そんなふうに答えてしまったのかはわからない。  ふいに昨夜の淫らな夢を思い出して顔が熱くなる。あれは夢? だよな?  がばっと跳ね起きるとクロが慌ててベットから飛び降りる。僕は確かめるように下着の中を覗き込んだ。なんてことはない。普段と同じ状態だ。 「やっぱり、ただの夢だったのか。」 「ミャ~ア」    台所にたつと携帯が鳴った。画面に江戸川の文字が出る。 『起きてるか? いい天気だぜ。買い物にでも行かないか? 』 「おはよう。雨やんだんだね。でも洗濯したいし今日はいいや。家にいるよ」  元々あまり外に出るのは好きじゃない。せっかく晴れたのなら溜まっている家事をしておきたい。 『そっか。じゃあ昼過ぎにメシでも買って持っていくよ』 「そんな毎日悪いよ。気をつかわなくてもいいよ」 『なに言ってんだよ。昨日だってお前顔色悪かったじゃねえか! 』 「……ごめん。」 『何謝ってんだよ!いい加減、俺によっ』 「え? 何? 」 『……いや、それよりなんか食いたいもんとかないか? 』 「江戸川が買ってくれたものなら何でも食べるよ」 『そうか。わかった。好き嫌いすんなよ。俺が行くまで家で待っててくれよな』 「うん。待ってる」  ……なんだろ?ちょっとした違和感を感じる。  そういえば江戸川とはいつ出会ったんだろうか?  あいつは何を専攻してたんだっけ? 記憶の引き出しをいくら漁っても、その部分だけがぼやけている。胸の奥に薄い膜が張ったような不快感があったが、それでも僕は無理やり思考を切り替えた。 「時間がもったいないや。昼に会った時に聞けばいいか」  洗濯ものを干しに外に出ると何日かぶりのいい天気だった。  真っ青で雲一つない空。この色がもっと濃くなったら江戸川の瞳の色になるんだろうか。ぼんやりと空を眺めてると足元でボスッと音がした。  クロが洗濯ものの中に突っ込んでいる。手足をバタバタさせていた。 「わわわっ。だめだよクロ!まだ干してないんだからね! 」 「にゃにゃにゃっ!」  僕が籠から洗濯ものをとるたびにタオルや服に飛びかかってくる。  ふふふ。可愛い。肉球が見える。全身真っ黒なのに肉球だけはピンクだ。  家事が終わったら肉球のマッサージでもしてやろう。 「さ、これで最後っと」  最後に残った下着を手に取る。  あれ……? 昨夜は淫らな夢を見たはず、ならば下着は汚れてていいはずなのに。  朝起きたら肌着は全部綺麗なままだった? 夢精しなかったのか?  それとも誰かが綺麗にしたのか?  チラリと足元にいるクロに目をやる。 「……まさかね」  気を取り直してそのまま部屋へと向かう。寝室とリビングの窓をあけ空気を入れ替えるとふと感慨深くなる。僕には両親の記憶というものがない。祖母ちゃんもあまり話したがらなかった。  しばらく使ってなかった奥の部屋の扉をあけてみる。祖母ちゃんの部屋だ。ふわりと爽やかな香りが漂う。 「祖母ちゃんの匂いだ。主を亡くした今もこの部屋は主を守っているんだね」  自然とそんな言葉が口から出た。部屋に入ると懐かしい記憶でいっぱいになる。 「祖母ちゃん。大好きだったよ」  祖母ちゃんからは『私のモノはすべてお前のモノだ。お前にその資格があるでも引き継ぐか継がないはお前が決めるんだよ。お前は別のモノにもなれる素質を受け継いでるからね』と聞かされていた。漠然としたものの言い方は祖母ちゃんらしい。それによって僕がどう反応するかを楽しんでるような。 「……僕が引き継いでもいいのだろうか? 」  思わず漏らしたその言葉に呼応するように一瞬ぱあっと部屋全体が輝いたように感じた。その輝きは、まるで僕の全身を包み込み、細胞の一つ一つにまで浸透していくような感覚だった。  ―――――身体が熱い。また熱がでてきたのかもしれない。   「ニャア~ア」  振り返ると部屋の前にクロが座っていた。じっと僕を見つめる目が何か言いたそうだ。ついておいでとばかりに歩き出した。一階の奥には階段があって屋根裏部屋へと続いている。  そこは祖母ちゃんの仕事場だ。ハーブオイルやのど飴なんかを作っていたはず……。  クロは器用にピョンピョンと階段を登っていく。僕はちょっと躊躇した。コレを登るともう戻れない気がしたからだ。 「ミャアァオ」  大丈夫だとクロに言われた気がして階段を登る。  祖母ちゃんの仕事場にくるのは久しぶりだ。壁一面の本棚には薬草や星座や昔の物語に何やら難しい本でいっぱいだ。机の上にはフラスコやシリンダーが置かれている。反対側の棚には透明の瓶が沢山並んでおり、部屋の隅には大きな窯が置かれていた。  クロは部屋の中央に座って僕を見上げている。  その目に さあどうする? と聞かれた気がした。 「……わからない。だけど僕は呼ばれているんだろう? 」  何故そんなことを聞いたのかもわからない。だけど全身の血が熱くたぎっている。  クロは驚いたように目を見開いた。 「……あぁ。ごめんよ。クロ。僕ちょっと変な事言っちゃたね。さあもう降りよう」  クロを抱きかかえようと中央に歩み寄った途端、ヴォンッという音と共に床に魔法陣が現れた。  

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