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第一章 第4話 異世界へ

 まばゆい光に覆われたかと思うと足元から急速に落ちていく感覚に襲われる。全身を引っ張り回されるような浮遊感。体勢を崩しそうになった時にクロが僕の胸に飛び込んできた。離れないようにしっかり抱いたまま光の中に吸い込まれていく。 「わああああっ! 」  どれくらい時間がたったのだろうか? 気づくと黒髪の青年の腕の中にいた。 「アキト様っ! 大丈夫ですか? 」  毛並みの良いたてがみに少しつり目の青年は僕よりも背が高い。僕の顔を覗き込むようにして青年の顔が近づいてきた。その目は金色だ。  こんなに間近で人の顔を見たことがなくて目を泳がせてしまう。僕の名前を知ってると言うことは顔見知りなのだろうか? 「はい……えっと……どなた様でしょうか? 」  青年は少し傷ついたような顔を見せたが思い直したように言葉をつづけた。 「……クロです。……私はクロード・レオ・パルドスです。」 「はじめまして。クロードさん。僕を助けていただいたのですね? 」  僕の言葉を聞いて更に悲しそうな顔をする。その表情は、まるで子供が傷つけられたかのようで、僕の胸をざわつかせた。 「少し姿かたちが違ってしまいましたが私は貴方と共にいたクロです。ずっと以前から貴方の事を見守っておりました。私のことは忘れてしまわれたのですか? 」 「えええ? クロ? クロって僕の黒猫の……」  よく見るとクロードさんの黒髪の上には黒いネコ耳がついていた。心なしかその耳は横に下がっているように見える。不安げなときにクロがよくしていた耳のポーズだ。 「本当に? ほんとにクロードさんが僕のクロなの? 」 「ええ。ええ! 貴方のクロです! 」  今度は嬉しそうにぎゅううっとその腕の中に抱き込まれた。 「く……苦しいですっ」 「はっ! す……すみませんっ。つい。その……人型になれたのが嬉しくて」 「それってコスプレじゃないよね? それともこれは僕の夢の中だとか……」 「夢ではありません。現実です」  即答してくるクロードが困った顔をする。 「一体何がどうなってるの? 」  ネコ耳をぴくぴくさせながら心配そうに見つめる金の瞳は嘘をついてるようには思えない。 「ここはどこ? 」 「ここは貴方がいた世界ではない。違う世界、異世界です」  すぐには理解できない僕は、クロードの腕の中から逃れるように立ち上がると、見たことのない景色が広がっていた。先程まで家の中にいたはずなのに自分の目の前には、だだっ広い草原が現れていた。 「どういうこと?」 「私もよくわかりませんが……マリー様の仕業かと」 「マリー? 祖母ちゃんのこと? 」  僕の祖母ちゃんの名前は真理だ。 「はい。私はマリー様の使い魔だったのです」 「使い魔って、祖母ちゃんが魔女みたいじゃん」 「みたいじゃんではなくマリー様は魔女でした」 「いや、だってもう祖母ちゃんは亡くなってるじゃないか」 「マリー様の力は偉大でした。だから生前どんなイタズラ……いえ、試練をしかけてくる……用意されていたかは私にはわかりません」  もしも祖母ちゃんが魔女だったらやりかねない。彼女は本当に自由な人だったから。 「クロードさんは……」 「今までどうりクロとお呼びください」 「うっ……く、クロ」 「はい。なんでしょうか? 」 「その、君は祖母ちゃんに頼まれて僕といたの?」 「……そうです。でもそれだけじゃありません」 「他に何があるの? 」  僕の問いかけに、彼は一瞬視線を逸らした。そして、何かを決意したように、再び僕の目をまっすぐに見つめ、甘く、しかし強い誘惑を秘めた声でこういった。 「それは秘密です」 「へ? 」  唖然とする僕をよそ目にそのままペロリと僕の頬を舐めた。  ざらりとした感触は、確かに、あの夢の夜の記憶と重なる。胸の鼓動が高まったのは言うまでもない。この甘い鼓動は、僕を突き動かす導火線になる予感がした。  僕たちがいた場所は草原の真ん中だった。夜は魔物が出るかもしれないから野宿はさけようとクロードに言われ必死に歩いた。やがて大木に囲まれた森が現れる。 「このあたりなら木こりや狩猟用の小屋があるはずです」 「やけに詳しいけど、この世界って……」 「はい。私が元いた世界です」 (あぁ。やはりそうなんだな)  クロードの落ち着きぶりからしてそんな気はしていた。僕はというとなんだかゲームの世界にでも入り込んだようで自分の事のように感じられない。慣れない土地で歩き疲れたころにやっとの思いで小屋を見つけた。簡素なの作りの小屋だが雨風が防げるなら文句は言えない。  未だに頭の中の整理が出来ていない。とりあえず考えをまとめないと動けそうもなかった。小屋に入った途端にクロードに抱きかかえられた。今は腕の中にいる。もう抵抗する気力もない。横抱きに近い格好で膝の上に乗せられている。 「お疲れになっでしょう。おなかはすいてませんか? 」  クロードは僕の手のひらにリンゴに似た果実をのせた。 「ここに来る途中の木になっていました。さきほど毒見をいたしました。食べられますよ」 「そういえば朝から何も食べてなかった」  あぁそうだお昼に江戸川に会う約束してたのに。また弁当買ってきてくれてるんじゃないのかな。僕を探してるんじゃないかな。 「アキト様。誰の事を考えてらっしゃるのですか? 」 「え? 江戸川のこ……と」 「私が目の前にいるのに? 」  顔が近い!美形すぎ!長いまつげが妖しい雰囲気をかもしだしていて。クロードさんあなたモテますよね? あれ?なんで僕がこんなにも狼狽えるんだ。 「クロは……ずっと僕の傍にいてくれて感謝してるよ……猫だったけど」 「もう猫じゃないんですが……感謝だけですか? 」 「へ?あ~、えっとそのクロのモフモフは僕の癒しでクロに触れたら幸せになれるっていうか。寝る時だってクロがいてくれたら安心するというか……その」 「私は抱き枕ですか? 」 「ち、ちがうっ。確かにモフモフしてて毛触りだって最高で抱きしめたいけど。それだけじゃない。心の支えだったんだ。クロが居てくれたから僕は独りじゃなかった。」 「くっくっく。すみません。貴方があんまり可愛いからいじめたくなりました」  クロードはそう言って、僕の首筋に顔を埋め、まるで猫が獲物を慈しむように、深く息を吸い込んだ。その吐息が、ぞわりと僕の肌を撫で、全身に甘い痺れが走る。

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