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第一章 第8話 この世界の基準
ぼんやりと目を開くとクロードの姿が見えた。
「おはようございます。よく眠れましたか? どこか体調の悪いところはないですか? 」
「あぁ……大丈夫だよ。おはよう。」
目が覚めて獣人姿のクロードの顔を見るとやはりココが現実なんだなと実感する。
クロードの耳がぴくぴくと動いている。思わず微笑むとぺろりと目じりを舐められた。ざらりとした感触に昨夜の行為が脳裏に浮かんで頬が染まる。
「おい! こらクロード! 俺がいるのに何してやがるっ!」
エドガーがリンゴのような果実を両手に持って戸口で立っていた。
「何って朝のあいさつですよ」
しれっとした表情でクロードが言い放った。嘘ではない。毎朝クロは僕を起こすために目じりを舐めてくれていた。しかしそれは黒猫の姿の時だ。
「ったく! 油断も隙もありゃあしないっ! アキトも気をつけろ! 」
……何を気をつけろというのだろうか? エドガーが何を怒ってるのかがわからない。
「ほれっ食えよ! 昨日から食べてないって聞いたぞ。お前元から食が細いんだからな。町に行ったら俺が美味いもん食わせてやるからこれで我慢しとけ」
ぽんっと手のひらに果実を乗せられた。果物の香りに急におなかが減ってきた。かぷりと齧りながらエドガーが朝ごはんの調達に行ってくれてたんだとわかる。僕が寝てたからか? クロ―ドはきっと僕を一人にしないために一緒に居てくれたんだな。一人で取りに行かせたから怒ってるのかな?
「エドガーありがとう。ごめん。果実をとりに行ってくれたんだね? おいしいよ」
「ぉ……おう。ありがたく思えよ」
機嫌が直ったみたいで爽やかな笑顔を見せてくれた。
改めてみてもエドガーは男らしい。筋肉質で精悍な顔立ちをしている。ゲームで言う戦闘系の騎士みたいだ。髪の色も薄茶色だったはずが今は金髪に見える。こちらの方が本当の髪の色だったのだろう。濃い群青色の瞳がじっと僕を見つめている。
「エドガー。そんなに見つめるとアキトの顔に穴があきます」
「ばあか! あくわきゃねえだろ! クロードもさっさと食っちまえ。食ったらここを出るぞ」
あれれ? いつのまに仲良くなったんだろ? 昨日僕が寝てから二人で話し合ったのかな。
町に近づくにつれて本当に異世界だと感じた。ここの住人たちとすれ違うようになったからだ。ほとんどが獣人でクロ―ドのように耳や尻尾がついている。きょろきょろしていると、自分も周りから見られてることに気づく。
ヤバい。興味本位にじろじろ見てしまったからだろうか? いや違うな。驚いたような顔でこちらを見るからきっと大人の僕が抱きかかえられてるせいじゃないかな? なんだか恥ずかしくなってきた。
「クロ。もう降ろしてくれよ。みんなジロジロみてるしさ。恥ずかしいんだ」
「そうですね。マリー様のめくらまし術はココでは通用しないようです」
「おいクロードちょっと目立ちすぎるんじゃねえか?アキトがやばい」
「次の集落で馬車を手配しましょう」
「いや、僕歩けるからさ」
「だめです!」
「だめだ!」
「それよりほらっ!集落が見えました。エドガー馬車を借りてきてください」
「なんで俺が行かなきゃいけねえんだ? お前が……」
「エドガー借りてきてくれるんだね? ありがとう」
「……仕方ねえな。ここで待ってるんだぜ」
「ふふふ。ありがとうございます。アキトの一言で動いてくれましたね」
「いや、だって僕ら一文なしだからさ。エドガーには悪いけど借りておこうと思って」
「さすがですね。貴方は策士の才能もおありなんですね」
「策士ってなに?」
「……天然でしたか」
「ん? それって褒め言葉じゃないよね? 」
「まぁ……それより私はまだエドガーを信用してはないのですよ。彼の言う探しモノに対しても何故探してるかなど詳しく聞いてません」
「クロの言いたいこともわかってるよ。僕は仲良くなった相手の事を信頼しすぎるんだ。一晩寝て頭の中の整理はできてるよ」
「少し成長されましたね」
クロードが僕の頭を撫でてくれた。大きくて暖かい手だ。このほっとする暖かさは黒猫のクロを抱いていた時に感じていたものと同じだ。やっぱりクロなんだな。
エドガーが借りてくれた馬車は簡素だけどしっかりした作りだった。
「これ、着といてくれよ」
フード付きのガウンのようなものを渡された。エドガーが言うにはこの世界で黒髪黒目の人型は珍しいらしい。だから目立たないようにしろという事だった。
「そっかあ。さっきは珍しいから見られてたんだな」
「いやそれだけじゃねえぞ。アキト、珍しいということは高値で売れるということだ」
「ひぇ! 人身売買?」
「……ありえますね」
クロードまで真顔で考え込むなんて。そうなの? 髪染めようかな?
道中、僕は訪ねたいことを聞いてみた。まずはこの世界の事。この世界の住人は獣人、人間、竜、魔族。そして魔法が存在する。
獣人は力が強く魔法が使えるものいるので比重的に一番比率が多い。次に人間。人間は力は弱いが必ず魔力があり、魔法が使える。魔族は魔力は強いが繁殖力が弱いので数が少ない。竜もそうらしい。そして魔物。魔族と呼べるほど知能がなく人や獣人を襲うらしい。
何よりも一番驚いたのが女性と呼ばれる人種がいないという事。雌雄がないのだ。通常体のつくりは男性なのだが子孫を残す場合のみ卵核を体内に埋め込み身体の作りを変化させ卵で産む。その卵を温めて子供が孵化するのだそうだ。
カルチャーショックだ! 確かに胎内で育てるには時間もかかるし身体にも負担が大きい。でも卵から人が産まれるなんて想像できない。
「まあ、お前のその衝撃はわからなくもないよ。俺だってそっちの世界に行ったときはびっくりしたもの。まず女性という生き物を初めて見たし、生命の誕生の不思議ってのも驚愕したからな」
「そうか。そうだよね。エドガーの驚きがよくわかるよ」
隣にすわるクロードの尻尾が僕の腰に巻きついてきた。心配してくれてるのかな?
「なんだよ。その尻尾。べたべたすんなよ!」
「これは仕方がないのだ。その……尻尾はときどき私の思うように動かなくなる」
「ふぅん。獣人からはよくそういう報告があるが尻尾って気持ちの現れらしいじゃねえか」
「報告って何? そういえばエドガーは尻尾がないから人間なの? 」
「俺は人間だよ。でも非力じゃない。体力にも自信があるぜ。魔力も少しあるしさ」
「彼は騎士の称号を持ってるんですよ」
「クロードっ!! 余計なこと言うなよな!」
「すごい! やっぱり剣士だったんだね。その筋肉いつみても羨ましいって思ってたんだ」
「そ……そうか」
あれ?エドガーが照れたように見える。はにかむ笑顔が可愛いじゃん。
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