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第一章 第34話 事の顛末

 明け方近くエドガーは部屋に戻ってきた。ドリスタンは地下牢に投獄され、尋問に寄って数々の余罪が明らかになった。  事の発端となったのはドリスタン家に残された王家の家紋が入った一通の手紙。屋敷の奥にあった隠し金庫からみつかったものだ。そこには王がドリスタン家の長子に手を付けたために、貴族に昇格させる密約などが載っていた。  そこでドリスタンは自分の家系は王家のご落胤だったと思い込んでしまった。魔女に翻弄された王があちこちに愛人をつくり隠し子を作りまくったと思い込んだのだ。  自分は王になる資格があると。  今も地下牢の中で自分には高貴な血が流れていると叫んでいる。  ラドゥ毒殺疑惑や王家に対する反逆罪も含め極刑は免れない。 「王家ってのは哀れなものだよなぁ。仮にも王が手を付けたとあればそれだけの報酬とかもあったはずだ。それにこんな手紙が見つかったら王家ゆかりの家系ってことになっちまうんだろうな」  エドガーは力の剣を手にし、ジークフリードに乗り移られた時に過去の記憶を受け継いだ。   だからその時の卵は一つしか孵化しなかったと断言できるが、そうでなければドリスタンのいう言葉も否定できなかっただろう。  エドガーは大きなため息をひとつついて寝室のドアをあけた。  ベットの上にはアキトがクロードに抱きつくようにして眠っていた。 「おかえり」  クロードが声をかけてきた。 「あぁ。ただいま」  エドガーが返事を返すとクロードが手招きした。ぽんぽんと空いてる場所を叩く。 「ふっ。ありがとな」  アキトを真ん中で挟むようにしてベットの上に寝転がった。 「アキトはどうだ?」 「最初はショックが大きかったようでしたが今は落ち着いています」 「そうか……。よかった」  後ろからそっとアキトの髪を撫でてやる。 「片付いたのですか?」 「いや、まだだ。父上と兄上達には知らせた。後の判断は任せようと思ってな」 「ではもう片付いたのと同じではないのですか?」 「それが……温室を腹が立った勢いでめちゃくちゃに叩き壊して燃やしてしまったから証拠がなくなっちまって」  ぶっ!くくくとクロードが笑う。 「なんだよー。笑うなよ」 「いやまさか本当にされるとは。はははは」 「お前だっていい案だって言ったじやねえか」 「ええ。言いました。その場所を目にするとアキトがまた思い出すと思いましたから。いっそ失くしてしまえと」 「そうなんだよなぁ。あ~くそ。面倒くせえ。でもまぁ、オスマンが全面的に認めてるからなんとかなるだろう」 「そうですか」 「そのオスマンの件なんだが、あの場でアイツに手を出さなかったのはこういう時の為だったのか?それとも他に理由があるのか?」 「ええ。アイツはおそらくアキトの魔力と相性がいいのでしょう」 「はあ?!じゃぁライバルってぇのか?!」 「おそらく。その可能性は高いですね」 「なんだってんだ。まさかお前伴侶を増やす気なのか?」 「それはアキト次第です。私達がアキトの近くにいれなくなった場合も想定しないと。魔力は今後も生成され続けるでしようし」 「つまりは俺達の予備というわけか」 「そうです」 「はぁ…。こりゃ俺はもっと自分を磨かないとな」 「あはは。あなたもアキトも前向きなんですね」 「なんだぁ?単細胞って言いたいのか?」 「いいえ。羨ましいと思ったのですよ」  窓から朝陽が入り込んでいた。クロードのおかげで魔力はみなぎっている。  だがまだ悪夢のような感覚がぼんやりと抜けない。アキトは額に手を当てた。 「ん~頭が痛い……」 「大丈夫ですか?」 クロードが覗きこんできた。 「昨日の後遺症かもしれませんね。バレットはまだ目覚めないようですし」 「ええ!?バレットが?!目覚めてないって?」 「はい。目が覚めたらほめてあげて下さいね。私達がアキトの元に辿り着けたのはバレットの誘導があったからなんですよ」 「バレットが?」 「はい。オスマンの魔法によって呪縛されながらもなんとかアキトを助けようと私とエドガーを導いてくれたのですよ」  あの時の白い蝶はバレットの魔法だった。クロードは蝶から感じるわずかな魔力からそれがバレットのものだと判断し追跡したのだ。 「ん~?アキト起きたのか?」  背後からエドガーの声がする。 振り返って顔を見た途端。 「ひっ!」   身体中に震えがきた。昨日の事が頭の中でフラッシュバックしたのだ。 「アキトどうしたんだよ?」  エドガーが伸ばした手を反射的にふり払ってしまう。 「嫌だっ!」 「え?……」 「アキト?」  アキトはクロードにしがみついた。  エドガーはアキトに拒否された事でポカンとしている。 「側にいるのはエドガーですよ。」 「あぁ。そうだよね。ごめん。あの時……ドリスタンがエドガーに見えてたんだよ」 「はあ?!くそっ!あんのやろぉめ!!!」  エドガーはベットから飛び起きると寝室をとびだした。 「絶対許せねえ!尋問の続きに行ってくる!ッ!アキトを頼むぞ!しばらく部屋には戻らねえ!」 「ぁっ。エドガーごめん!!」 「……あいつめ、わたしの事をクロと呼んだな」  アキトはそれからエドガーとは会えていない。侍従のバレットが目覚めたのは3日後だった。 「……アキト様……も、申し訳ございません!私のせいで。私をどうか罰して下さい!」 「何言ってんだ!バレットのおかげで僕は助かったんだよ。今日はお礼が言いたくて会いに来たんだ」 「ううっ。ありがとうございます」 「こちらこそありがとう。僕は良い従者を持った」  アキトはバレットの手を握りにっこりと笑顔を見せた。 「バレット。今は自分の身体を療養する事に専念して下さい。貴方が戻り次第、アキト共に防御訓練を始めましょう。」クロードが優しくほほ笑む。 「はい。私を鍛えてください。今よりもっとアキト様をお守りできるように!」  バレットはオスマンに催眠魔法をかけられていた。それも普段は表に出ずに。アキトと2人きりになったときに発動するように仕掛けられていた。オスマンは人を操る操作魔法が使える。しかも主となる人物の半径1メートル以内の者にも影響を与える。しかしかなりの魔力を消耗するので滅多な事では使わなかった。  通常、(あやつ)られる側の人間は無意識に催眠のままに動く。しかし訓練されたバレットはそれに(あらが)おうとして体調に異変が起きたのだ。     「エドガーに悪いことしちゃった。顔を見た途端思い出しちゃって」 「アキト。気にすることはありませんよ。タイミングが悪かっただけです。エドガーもわかってます」 「でも、全然部屋にも帰ってこないじゃないか!」 「いえ。実はアキトが寝てからこっそり訪ねてきてるのですよ」 「じゃあなんで起こしてくれないのさ」 「それは……時間がないからですよ。この件が片付くまでは忙しいのでしょう」  本当はアキトと顔を会わせるとまた恐怖心を思い出させるのではないかと遠慮していた。  それにエドガーが忙しいのも事実であった。主犯格であったドリスタンが捕まったことで王家に反感を抱いていた貴族たちがなりを秘めたのだ。根こそぎ退治したいと足取りを追って奔走していた。  

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