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第14話②

「王族に生まれたブルーメ――つまりオメガの人間を、周囲の国に嫁がせることを条件に、これらの国から支援や保護を受けている。なぜなら我が王族の血を引くオメガからは、必ずアルファが生まれるからだ」 「えっ? 必ずアルファが生まれる?」  そんな話聞いたことがない。 「ああ、きっとノルツブルクの王族の血が特殊なんだろう。ノルツブルクのオメガが三人子供を産めば、三人ともアルファになる。だからどこの国もノルツブルクのオメガを欲しがるんだ。王家や一族にアルファを増やせば増やすほど有利だからね」  確かにアルファは、ベータやオメガよりもずっと飛びぬけて優秀な能力を持つ。その能力差は歴然としていて、ベータやオメガがどれほど努力しても越えられないもと言われている。  リオンがいた国でも、一族の中にアルファが出現したために繁栄したという噂はよく耳にしていた。  オースティンはぐっと眉を寄せ、「だが」と話を続けた。 「この四十年ほどで大きな問題が出てきた。王族の中でオメガが生まれにくくなってきたんだ。アルファやベータは生まれるが、肝心のオメガ自体がなかなか生まれてこない」  当然ノルツブルクは焦った。王家のオメガがいなくなるということは、国の存続に直結しているからだ。  やがて『アルファとオメガが番になれば、どうやらオメガが生まれやすい』ということがわかってきて、国中からオメガが集められ家のアルファの番にさせられた。だが焼け石に水だったと言う。 「ようやく何人かの王家の血を引くオメガは生まれたけど、みんな十歳にもならないうちに次々に大国に嫁いでいった。他国がノルツブルクのオメガを欲する早さに追いつかないんだ。そして僕の二番目の兄が最後のオメガだった。でも五年前に父王が亡くなった直後、西の大国ギランに武力行使をちらつかされて、僕に王位を譲り自ら嫁いで行った。もうこの国には……王家の血を引くオメガがいない」 「え――」  そういえば以前の発情期のときに、オースティンの二人の兄はどちらともオメガだと聞いたことがあった。 (そんな経緯でオースティンは王になったの……?)  言葉が出なかった。  あまりに悲しく辛い話に衝撃を受けていると、オースティンはリオンを見て眉を下げた。まるでリオンを慰めるような表情だった。 「受け入れがたい話だよね。僕も、僕の兄上たちも王族としての宿命を受け入れるまでは長い時間がかかったよ。でもどこの国でも王族とはそういうものなんだよ」 「……オースティン」  胸が痛んだ。心優しいこの人は、どうにもならない兄たちの運命や国の行く末にどれほど苦悩し闘ってきたのだろうか。 「『ノルツブルクのオメガがいなくなった』ということを知り、ヴァルハルトやギランは徐々に態度を変えていったよ。ノルツブルクから搾り取れるうまみが無くなったのだから仕方のないことなのだろう。我々は急いで国内のオメガを探した。僕の番になってもらい、王家の血を引くブルーメを生んで貰うために。しかしどうしても見つからなかった。そんなとき、アナから手紙が来たんだ」 「母さんから……?」 「ああ。アナはこの国の切羽詰まった事情を少なからず理解していた。だからこそ、最後の最後まで君をノルツブルクの僕に託すのは躊躇していたのだと思う。ノルツブルクにやれば、リオンがブルーメとして利用されるかもしれない。かといってあのまま村に置いておいたら、息子がどういう扱いを受けるかは目に見えている。きっとアナにとって苦渋の選択だったに違いない。それでもアナは僕を信じてくれて、大事な息子を託すことにした。アナは何度も手紙で言っていたよ。『どうか不憫な息子を守って欲しい』と。僕はその信頼に応えなくてはならないと思っている」    話を聞き終えたリオンは、しばらくの間何も言えなかった。悲しみで胸がいっぱいだったからだ。  あまりにも重く辛い話だった。そして……ずっと胸の中で燻っていたいくつもの疑問が一つの線で繋がってしまった。   「……僕はオースティンの番にするためにノルツブルクに連れて来られたんですね……」  リオンの呟きに、オースティンの呼吸が一瞬だけ止まる。 「ああ、そうだ」  騙されたような、落胆のような感情が胸に湧き上がってきて、リオンは深く俯いた。 「やっぱり……そうなんですね。一昨日の夜エルの話を聞いた時から――ううん、その前からずっと変だと思っていたんです。わざわざたくさんの護衛を連れて田舎の村まで迎えに来てくれて、そのうえ王宮の中でも待遇も良すぎるくらいに良いし……それに騎士団の方や王宮の中の人も、会うたびに『ブルーメ様ブルーメ様』って畏まるし……」  リオンは一度言葉を切って拳を握った。口を開こうとしたが言葉がどうしても出ず、浅い息を繰り返しようやく声を出す。 「あの、……もちろん、クレイドも……最初からこのことは知っていますよね?」 「……うん」  肯定の言葉を予想していたのに、受けた衝撃は大きかった。胸にずきんと痛みが走り、リオンは胸を押さえて目を閉じた。 (――そっか……、クレイドは始めから知っていたんだ。知っていて僕を――) オースティンの番にするためにあの村まで迎えに来た。  賊から守ってくれて、話を聞いてくれて、優しく抱きしめてくれた。    胸がどうしようもなく痛んで、悲しみに息が詰まる。クレイドがくれた楽しかった思い出が、黒く塗りつぶされていってしまうようだった。 (……僕、馬鹿みたいだ……。何にも知らずに、一人で浮かれて……もしかしたらクレイドも僕のことを好きなのかな、なんて勘違いして……) 最初からリオンはクレイド惹かれていた。初めはひな鳥のように懐くだけだったかもしれない。それがいつしかクレイドの弱さを知り、本気で好きになってしまった。 (でも……)  クレイドは最初から自分のことなど何とも思っていなかったのだ。  残酷な事実に心がずたずたに引き裂かれていく。  震えるリオンにオースティンがそっと腕を回し、優しく抱き寄せた。 「ごめんねリオン、傷つけてごめん……」  オースティン穏やかな心臓の音とぬくもりが伝わってきて、リオンはぐっと奥歯を噛み締めた。そうしないと子供のように泣きわめいてしまいそうだった。 「リオン、僕はね、ずっと迷っていたんだ。リオンにはリオンの心があるし、アナから託された責任もある。無理に君のことを番には出来ないだろうと――それこそ宰相たちにはどやされたが――僕は初めはそう思っていたんだ。でも君の内面と人柄を知っていって、そして君があのときノルツブルクの民になりたいと言ってくれたとき……僕の思いは定まった。『きっとこの人となら険しい道でも歩いて行ける、いっしょに歩んでいきたい』と」 (え……?)  オースティンの腕の中に納まりながら、リオンは目を見開いた。  全然気が付かなかった。オースティンはあのとき、そんなことを考えていたのか。 「だからリオンとの間の信頼関係をゆっくりと育てていって、ゆくゆくは番になってくれたらいいと思っていた。ヴァルハルトとの小競り合いがあったから、こんな形で君に告げなくていけなくなってしまったけどね……」  オースティンが腕を緩め、リオンの顔を覗き込んでくる。穏やかな、優しい顔だった。 「勝手な国の事情に君を巻き込んで申し訳がないと思っている。だけどそんな事情がなくとも、僕は本心から君にパートナーになってほしいと願っているし、もし僕を選んで番になってくれるなら何でも差し出すよ。すべてをかけてリオンを守る覚悟がある」  オースティンの瞳は曇りもなく、強靭な意思と覚悟が宿っていた。リオンはただただ圧倒された。  目を見開いて固まるリオンを見て、オースティンは琥珀色の目を細める。 「さっき早馬が着いたんだ。無事にヴァルハルトとの交渉は終わり、和平は成ったと報せがあったよ。四日ほどでクレイドたちは帰ってくる。それまでに、君がどうしたいか考えておいて欲しい」  そうしてオースティンはリオンの頬をひと撫ですると、静かに部屋から出て行った。

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