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-律人-ビルマの5日間②

軍楽隊の演奏が終わると、辺りからぽつぽつと拍手が上がる。 元々、飢えや負傷で気力の残っていない駐屯兵たちにとっては、 拍手をするだけでも精一杯の礼がわりであった。 上官が視線を光らせていたため、律人も形ばかりはパチパチと両手を合わせてみせる。 だが、その場にいる誰も彼もが、音楽を聴いたことで活力を取り戻したようにはとても見えなかった。 ——その晩、上官たちは軍楽隊のもてなしをすると言い、一般の兵たちを早く上がらせて酒盛りへ出向いて行った。 まだ日の高いうちに寝所へ戻って来れた律人たち。 とはいえやることがあるわけでもないので、少しでも飢えを凌ぐために布団を被った。 その時だった。 どこか遠くから、風に乗って流れてきた音。 柔らかい音色と聞き心地の良い旋律は、律人の耳を左から右へとすんなり通過して行った。 また音楽が聞こえてきたぞ。 でも……なぜだろう。 さっきの馬鹿にうるさい、ごちゃごちゃとした音じゃない。 布団にもぐった啓の耳に、不意に流れてきたのは、あまりにも繊細で儚く、まるで水のように透き通った旋律だった。 耳を澄ませば澄ますほど、その音は心の奥に染み入ってきて、自分でも気づかないうちに、律人の頬を伝うものがあった。 律人は布団を抜け出すと、音のする方へ歩いて行った。 外にも兵士達がたむろしていたが、他の者達は誰一人音楽が流れていることに気づいていないらしく、談笑したり、原っぱの上で寝たりして時間を過ごしている様子だった。 彼らの間を通り抜け、律人は林の中へと足を踏み入れる。 林というよりもジャングルの中にある駐屯地のため、日が落ち切ると辺りは真っ暗となり、木々のアウトラインを捉えることができなくなる。 そのため夜の移動は懐中電灯がなければままならないのだが、今はまだ辛うじて日がある。 ちょっと外に出て、音の正体を確かめるだけのつもりだったのに、なかなかその音の出所まで辿り着けず、律人の中で焦りが募って行った。 だが心配も束の間、やがて音色がくっきりと聞こえるようになると、律人はようやく音の主の姿を目撃したのだった。 一人の青年が、静かに楽器を奏でていた。 軍楽隊が演奏していたどの楽器とも違う。 4本の弦の上で、弓が滑らかに踊っている。 弓を持つ手も、弦を抑える指先も、手首のしなりをきかせて軽やかに動く。 そこから紡ぎ出される音は、透明でのびやかで、耳が気持ち良く感じた。 そして奏でられている旋律もまた、やさぐれた律人の心にすうっと入り込んでくる優しい響きだった。 ——暫く、演奏に聴き入っていた律人。 やがて音が止まったかと思うと、青年は穏やかな声で話しかけてきた。 「ご清聴ありがとうございます」

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