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-律人-ビルマの5日間③
「えっ!……あぁ……」
すっかり音楽に聞き惚れていた律人は、突然話しかけられたことに動揺し、思わず声が裏返ってしまった。
「勝手に聴き入ってすまない」
「いいですよ。観客がいる方が、弾き甲斐もあるというものです」
青年は穏やかな表情のまま、唇の端を上げてみせた。
「人に聞いてもらいたいならば、このような森の奥深くで演奏することもなかろうに。
アンタはさっきの——戸山学校から派遣されてきた軍楽隊なんだろう?」
律人が訊ねると、青年は少しだけ困ったように微笑んだ。
「あいにく、この楽器は軍楽隊での使用を認められていないものですから」
「……そうなのか?」
僅かに目を見開く律人に対し、青年は反対に目を細めて言った。
「だから誰にも聴こえないような場所で演奏していたんです。
——あなたは耳が良いんですね」
そうだろうか。
強いて言うなら、ビルマに来てから音には敏感になったかもしれない。
寝ている時でも、飯を食べている時でも、敵がいつ攻めてくるのか分からない。
そんな中で最も早く危機を察知するには、音の違和感を辿ることだ。
「俺の耳が良いのだとしたら、ここでの非日常が積み重なってできた賜物だろうな」
皮肉めいた言い方をしてみせると、青年は今演奏していた楽器を律人のほうへ差し出してきた。
「折角だから、少し、お喋りしましょう。
——今奏でていたこの楽器はバイオリンと言います」
「バイオリン?名前だけは聞いたことがある。
軍楽隊の演奏で使われていた楽器と何が違うんだ?」
「強いて言えばこれは弦楽器で、日中の演奏で使われていたのは管楽器が主かな。
軍楽隊は士気を上げるための行進曲などをよく演奏しますが、
そういった音楽は、派手で景気の良い音の鳴る管楽器がおあつらえ向きなんですよ。
遠くまでよく響くし、ラッパや太鼓の音は聴いている者に元気を与えてくれますから」
それを聞いて、律人はうーんと頭を捻った。
「楽器のことはよく分からんが、馬鹿に明るい曲を聞かされて、こちとら空きっ腹に響いたけどな。
ただでさえ戦場で疲弊してるっていうのに、今以上に士気を高めようったって心身が追いつかん」
律人はそれから「でも」と続けた。
「音楽に疎い俺でも、今の演奏はそうじゃないってわかる。
疲れ切った心身に染みるような……寄り添ってくるような音色だった」
「それは良かった。
この曲はピアノやバイオリンのような、弦楽器で演奏するのが合うんです。
曲調によって似合う楽器が異なる——面白いでしょう?」
青年はふわりと微笑んだ。
その笑みはどこかあどけなく、まだ成人してそこそこくらいの年齢感に見えた。
青年はバイオリンの胴体を軽く指でなぞった。
「僕はバイオリンが好きなので、日本からビルマまで持参したんです。
軍楽隊では扱わない楽器だから、隊で演奏する時には使えないですが」
「じゃあさっきは別の楽器を演奏していたのか」
「僕はクラリネットを」
「ふうん……?それも管楽器とやらなんだな?」
「そう。クラリネットも良い楽器ではあるんですけれども。
ただ僕は、バイオリンを愛しているから——バイオリンを連れて来たかった」
愛している——などと楽器に対して口にした青年に、思わずこちらが恥ずかしくなってしまった律人は、きまりが悪くなり話題を少し変えた。
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