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-律人-ビルマの5日間⑫
「嫌じゃない。全然」
律人は迷わず言った。
「ここじゃ水筒の回し飲みだって当たり前にやるしな。
弓弦が口をつけたクラリネットを吹くのは全く抵抗は無い」
「——そうですか」
弓弦は微笑みながら続けた。
「僕は潔癖気味だから、水筒の回し飲みは抵抗があるなあ」
「!そうなのか……」
じゃあ、クラリネットを貸すのも嫌だろうな——
律人がそう思っていると、弓弦が続けて言った。
「でも、律人なら良いよ。
水筒でもクラリネットでも——嫌じゃない」
「……少なくとも、嫌われてはいないと分かって良かったよ」
「ふふ、嫌いな相手に家族の話までしたりしないですよ」
「それは俺が先に腹を割った話をしたから、弓弦もそれに合わせてくれたのかと思っていた」
「まさか」
弓弦は笑みを崩さぬまま、しかし真剣なトーンで言った。
「僕が身の上話をしたのは、律人のことを信頼できる人間だと思ったからですよ」
「ははっ……俺たち、出会ってまだ四日だろ。
弓弦とは会うたびに新しい面を知っていくし、弓弦だって俺のことをまだ全部は知らないよな。
信頼できると断言してくれるのはありがたいけども」
すると弓弦は、ぴたりと歩みを止めた。
律人も足を止めて振り返ると、弓弦は真っ直ぐに律人を見つめてきた。
「確かにそうかもしれませんね。
僕はあなたのことを、まだほとんど知らない。
僕が信頼できると思えるのは——この四日間を通して見たうちのあなただけだ。
——僕は明後日にはここを離れ、また違う戦地へ慰問に伺います。
あなたと接することができる時間が少ないことは初めからわかっていることです。
……だから」
弓弦は言葉を切ると、地面を見つめた。
真剣に言葉を選んでいるのだろうことが伝わり、律人の背筋も自然と伸びる。
「たとえ一生のうちの、数日だけの交流だとしても——この出会いに後悔はしたくない。
だから……僕は初日から君のことを信頼しようと決めていましたし、心のうちも偽らず接したいと思っています」
律人は、弓弦を真っ直ぐに見つめ返した。
月明かりに照らされ、弓弦の表情がはっきりと見える。
その顔が僅かに紅潮しているように見え、期待を覚えずにはいられなかった。
だがそれと同時に、冷静な気持ちで状況を捉えようとも試みる。
弓弦の胸の内が、もし自分と近いものを感じてくれていたとして——それでどうなる?
どんな関わり合いをしたとしても、明後日には終わる関係だ。
明後日、弓弦はここから居なくなる。
自分はここに取り残され、遅かれ早かれ、この地で死んでいく。
自分が日本に戻れる希望は全く見出していない。
こんな先のない自分が手を出したりして、これから先も行きていく弓弦の心に消えない傷を残してしまったら?
良いわけないだろ。自制を効かせろ。
たとえこれ以外に心の寄す処となるものが見出せないとしても——
「そうだな。まあ短い間だけど、仲良くやろう」
考え抜いた結果、口から出てきたのは、そんなそっけない言葉だった。
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