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-律人-ビルマの5日間⑬

——翌日。 弓弦と出会ってから五日目を迎えた。 律人は昨日のことを思い出し、少しもやもやとした気持ちで持ち場へ向かうと、何やら複数の兵が話し込んでいるのが耳に入ってきた。 「あの軍楽隊の——色が白くて、いかにも温室育ちといった感じの」 「秋庭とか言ったか。縦笛を吹いている男だな」 弓弦のことを話しているのか? 律人は気になって、彼らの会話がよく聞こえるところまで自然に近づいて行った。 「驚いたよな、自分の食糧を分け与えてもいいなんて」 「格好つけたかっただけだろ」 「俺たちの前で見栄を張ったってしょうがないだろ」 「確かにな。単に善良な市民なんだろうな」 ああ、一昨日の出来事のことを話題にしているのか。 確かに大事になって目立っていたからな。 律人が納得してその場を去ろうとすると、一人の男がこう話すのが耳に入ってきた。 「それにしても……可愛い顔してたよな」 「な。他の軍楽隊の奴らと比べても、女みてえに線が細くて肌が綺麗で」 「しばらく女を見ていないからか、あの秋庭って奴を見ているうちに、なんか邪な気持ちが湧いてきたんだよなー」 う……。 律人は思わず眉根を寄せた。 弓弦に対し、邪な感情を抱いていたのはどうやら自分だけではないらしい。 だが自分より遥かに弓弦とは関係の薄い兵達が、弓弦の話題で盛り上がっているのを聞くのは複雑な思いがした。 すると彼らは、やがてこんな話を始めた。 「どうだ。俺らみんなで、あいつを夜這いしに行くってのは。 聞くところによるとあいつ、夜に散歩しているらしいぜ。 あっちの部隊は俺らみたいにきっちり監視されてないから、夜は自由にやってるそうだ」 「な——」 思わず、律人は声を漏らした。 「!——ああ、春木か」 その声に気付き、集団が視線を向けてきた。 「お前も軍楽隊の秋庭、知ってるか? 一昨日騒ぎを起こしていたやつ」 「っ……ああ。騒ぎを起こしたのは、食糧庫に盗みに入った別の兵だけどな」 「あの時、見たろ?男だけど、なかなかそそる顔立ちだと思わないか?」 「——どう感じるかは人の勝手だが、夜這いはやめておけ。 合意なしに性交を持ったことが知られると、それこそ風紀を乱したものとして、最悪切腹になるぞ」 律人がぴしゃりと言うと、集団はバツの悪そうに顔を見合わせたあと、そそくさと散って行った。 彼らに言った後で、律人は頭を抱えた。 人にあんなことを言っておきながら、俺は…… 俺も叶うことならば、弓弦と関係を持ちたいなどと考えてしまっている。 昔から、女に関心が持てなかった。 家族に隠れて、男と交際したことはあった。 けれど戦場に来てからは、そんな浮ついたことをしている場合ではなかったし、 大勢いる兵の誰に対しても浮ついた感情を持つことなどはなかった。 そうだと言うのに、弓弦と知り合ってからというもの、急速に惹かれていっているのを自覚している。 バイオリンの音色が魅力的だったから? それとも、弓弦という人間そのものに魅力を感じている? ——両方だ。 「くそ……っ」 律人は壁にもたれかかり、額に手を乗せながら、深く息を吐き出した。 自覚したくなかった。 この関係も、自分の命にも先は無いというのに。 たかだか、知り合って五日の関係だ。 弓弦がここから去れば、昂っている気持ちもじきに落ち着くだろう。 けれども—— 短い付き合いだと分かっていても、弓弦は腹を割ってくれた。 心のうちを晒してくれた。 ならば俺も自分が抱いている気持ちを包み隠さず見せることが誠意なんじゃないのか。 弓弦がどう思ったとしても。 合意なく襲うようなことはしない。 弓弦が俺を拒否するならば、それで構わない。 どうせ残り少ない人生なのだ。 俺も、悔いの残らない生き方をしよう。

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