16 / 200
-律人-ビルマの5日間⑭
「弓弦、話がある」
——五日目の晩、弓弦がバイオリンを弾き終えた後、律人は間髪を容れず告げた。
「一日、考えたんだ。
考えて、自分なりに出した結論を弓弦に話してもいいか」
「……もちろん。どんな話でしょう」
弓弦はバイオリンをケースの中に寝かせ、立ち上がって律人と向き合った。
「単刀直入に言う。俺は弓弦が好きだ」
律人は真っ直ぐに弓弦を見つめて言った。
「まだ出会ってから五日目で、こんな気持ちになっていることに自分でも驚いている。
けれど、弓弦とはもう今夜しか居られないんだろ。
このまま何も言わずに見送ることも考えたけれど、それでは俺は心のうちを見せたことにはならない。
だから俺も正直な気持ちを、率直に伝えたいと思った。
——話というのは、それだけだ」
長い沈黙が流れる。
言葉に困っているのかもしれない。
俺が考え無しに考えを述べたせいで、弓弦を困らせてしまったのは申し訳ないと思っている。
「……それだけで、終わり?」
暫くして、弓弦から言葉が返ってきた。
「僕に気持ちを打ち明けてくれて——それで終わり?」
「え?」
「……僕の気持ちは聞かなくていいんですか?」
律人は少し考えた後、こう告げた。
「知ったとて——だろ。
弓弦がどんな風に思ってくれるにせよ、俺と弓弦が生きて会って話せるのは、もう僅かなんだから」
すると弓弦は、律人のもとへ歩み寄った。
そして律人の胸元へしなだれかかると、消え入りそうな声で言った。
「僅かな時間でも良い。
一生の中の、ほんの一瞬だけでも——
好きな人と想いが通じ合うのは幸せなこと。
そうでしょう……?」
弓弦は律人の背中に腕を回すと、そっと律人を見上げた。
「先がない相手に踏み込むのは怖いですか?」
「……」
「僕は怖くない。
——母と姉を失った時に思ったんです。
これから先、何十年と一緒に生きていけるだろうと思っていた相手でも、明日にはもう生きていないこともあるのだと。
僕自身、明日死んでしまったっておかしくない。
——この世に永遠などというものは無い。
いずれ必ず別れが訪れ、終わっていく定めならば……
悔いなく生きられる方が、僕は良い」
弓弦は律人の瞳をじっと見つめると、
「僕も律人が好きです」
と告げた。
ともだちにシェアしよう!

