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-律人-ビルマの5日間⑮
弓弦は自らの軍服の襟元に手を掛けると、ボタンを外していった。
弓弦が自分を受け入れてくれたことを理解した律人は、弓弦が中のシャツまで脱いでいくのをじっと見つめていた。
白い肌が闇の中に浮かび上がる。
幻想的で儚くて、律人はその姿を永遠に見つめていたいとすら感じた。
一輪の可憐な花を、目の前に差し出されたような思い——
律人はその花に触れることをためらった。
ほんの些細な力でも、花弁が散ってしまいそうな気がしたからだ。
弓弦が着ていたものをすべて脱いでしまうと
律人は小さく息を飲んだあと、とうとう決意を固め、弓弦の肌に触れていった。
——叶うならば、日本で出会いたかった。
ゆっくりと時間をかけて、純愛を育んでいきたかった。
もしも戦争など起きておらず、もっと自然な形で出会えていたならば、
こんな風に蒸し暑い森の中で、雑に重なり合うようなことはしなかったのに。
まるで初めから身体が目当てだったように思われたりしないだろうか。
そして弓弦が帰った後、この熱はいつか自然に下がってくれるだろうか。
そんなことを考え、不安な気持ちで堪らなくなる。
その一方で、弓弦が身体をよがらせ、時折艶やかな声を漏らす姿を見ていると、自分の欲望がどんどん溢れ出て来る。
この瞬間に、余計なことを考えるのはよそう。
今はただ、弓弦と確かに熱を交換し合っているこの時だけを感じていたい。
弓弦が果てる様子を見届けたあと、全て出し切った律人は
力無く地面に寝転がる弓弦に腕枕をした。
「……さっき、ずっと考えていました。
日本で出会えたら良かったのに——と」
「奇遇だな。俺もだ」
「律人——ビルマから、どうか生きて帰って欲しい」
「はは……」
無理だろうな。
そう声に出しそうになり、押し留めた。
言えば本当のことになってしまいそうで怖かった。
「僕は、この瞬間だけでも律人と恋人のような関係になれたことを嬉しく思っています。
だけどもし、また会えることがあれば、それはもっと幸せだと思う」
そう呟いたあと、弓弦は「ただ」と言った。
「再会したとき、律人は僕の顔を覚えていてくれるでしょうか」
「そりゃ、忘れないだろうさ」
「それが何年先になって——たとえ姿形が今と変わっていても?」
「……そうだな……」
律人は考えたあと、不意に起き上がると、徐に弓弦の腹に唇を当てた。
「っ、何をして——」
弓弦が驚く間にも、律人は強く吸い上げ、弓弦の腹には赤黒い痕ができた。
「仮に顔の形が変わっても、俺が付けた、この腹の痕を見せてくれれば思い出せると思って」
律人が真面目な顔で言うと、弓弦はおかしそうに笑った。
「ふふっ……顔が老けるよりもっと早くに、内出血の痕なんて消えてしまうと思いますよ?」
「あ——」
「でも……。一日でも長く、この痕がお腹に残っていてくれるといいな」
弓弦は目を細めて痕をなぞると、やがてシャツに手を伸ばした。
「……戻りましょう。
いつの間にか、空が白み始めてきた。
朝まであなたが戻らなかったら、きっとあなたは叱られてしまう」
「——弓弦」
律人は弓弦の腕を掴み、自分の方へ振り向かせた。
唇が重なり、僅かな間、森に静寂が広がる。
「……なんで泣くんだよ」
二人の唇の隙間から、塩辛い水滴が侵入し、律人は目を閉じていても、弓弦が泣いていることに気付いた。
「……今がとても幸せで……。
そして、別れが——辛くて」
「俺もだよ」
「……律人。あなたのこと、僕は忘れない」
弓弦はそう言って唇を離した。
「ずっと大好きでした」
「——え……」
律人が思わず顔を上げると、そこには形容できないほど美しい泣き顔があった。
月夜に照らされた頬に、一筋の線が光っていた。
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