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-律人-ビルマの5日間⑯
宿舎に戻ってきた後、律人はまだどこか夢見心地だった。
弓弦と、朝を迎える直前まで触れ合っていた幸せを噛み締めながら布団の中へ潜り、そして数時間もしないうちに朝の点呼の時間がやって来た。
「——最後に、一つ共有がある」
朝の点呼のあと、部隊長が顔を出し、皆に向けて言った。
「昨晩、規約違反をした者がいたことが発覚し、処分が下った」
ざわり、と辺りから声が漏れる。
「幸いにも、我が部隊での話ではない。
だが規約違反をする者には等しく罰が降りるのだということは、皆にも戒めとしてもらいたい。
——以上だ」
すると兵の一人が、部隊長に向けて尋ねた。
「規約違反というのは、具体的に何があったのですか!」
部隊長は「皆にはあまり関係のないことだが」と前置きした上でこう説明した。
「軍楽隊のとある兵士が、隊の規約に反する行動を取ったとの報告がされている。
ここで詳細を語るには憚られる内容だが——
我が駐屯兵の誰かを……襲ったと。
それが通報によって発覚したのだ」
「!?」
律人は目を見開くと、間髪を容れず部隊長に言った。
「その兵は、どのような罰を与えられたのですか!?」
——弓弦との昨晩の出来事を、誰かが見ていた……!?
けれど、それなら俺だって今ごろ通報されているはずだろう。
どうして弓弦だけが通報され、罰を受けなければならないんだ!?
俺は襲われてなんかいない!
むしろ俺の方が、弓弦を——
部隊長は律人の剣幕に驚きながらも、自分が聞き及んでいる情報を告げた。
「軍楽隊を除名されたそうだ」
「え——」
弓弦が軍楽隊を除名された?
じゃあ、弓弦はもう軍楽隊での演奏を許されないのか……?
「だが真の罰はここからだ」
律人が考えていると、部隊長がこう続けた。
「南方から敵の部隊が何人か、こちらを偵察に来ている——今朝、そのような報告があった。
除名された者には、罰としてその敵の動きを偵察して来ることが命じられた。
——ひとりで、な」
律人はそれを聞き、絶望した。
足に力が入らず、がくがくと揺れる。
点呼が終わり、皆解散してその場を去って行く中、律人は暫くそこを動けずにいた。
すると固まっている律人の肩をポンと叩く者がいた。
「ゆうべはお楽しみだったな」
「ッ!!」
律人ががばりと振り向くと、そこには高田が立っていた。
「お前……今、何と……」
「感謝しろよ。
お前が夜中に抜け出していたことや、お前が森の中でよからぬことを楽しんでいたことは黙っておいてやったんだから」
高田の言葉に、啓は顔から血の気が引いていった。
「高田……お前が……軍楽隊の上官に話したのか……?」
「ああ、話したさ。
秋庭弓弦という軍楽隊の兵士が、駐屯兵のカマを掘っているのを見た、ってな。
だが安心しろ、相手がお前だってことは伏せてある。
『暗くて、やられている方の顔は分からなかった』って証言しておいてやったぞ」
「何でそんなことをした……」
律人が声を震わせながら言うと、高田はふんと鼻息を鳴らした。
「そりゃ、お前が近頃弛んでいるからだよ」
「は……?」
「俺らは皆命懸けで日々過ごしてるってのに、お前と来たら、他所から来た兵と楽しいことをして。
しかも、日本で奥さんを待たせている中、ときた。
——でも、これで吹っ切れたろ?
今まで武器も持ったことのないような細っこい坊ちゃんが、たった一人で敵の偵察へ——。
どうせ生きて帰っちゃ来れないさ」
次の瞬間、律人は高田を殴っていた。
辺りに悲鳴のような声が広がり、人が集まって来る。
突然仲間を殴りつけたとして、律人は即座に拘束された。
「答えろ。なぜ高田隊員を殴った」
「……言いたくありません」
「ならば理由なく仲間を傷つけたものとして、お前に罰則を与えるが、構わぬのだな?」
「……はい」
律人が覚悟して頷くと、上官はこんなことを命じて来た。
朝早くに、軍楽隊を除名された兵士が敵の偵察に向かった。
自分もそれに追随し、偵察をサポートしてくるようにという罰だった。
思いがけず、弓弦と同じ場所へ向かうこととなった律人。
これはなんという巡り合わせだろうか。
律人は、現地で弓弦に会ったらいの一番に謝ろうと考えた。
宿舎を抜け出して森へ向かったことが仲間に知られ、後を付けられていることに気づきもしなかったこと。
その結果、弓弦だけがペナルティを与えられてしまったことを、心の底から謝りたいと思った律人は、
飢餓や寝不足であることも忘れ、息を切らして南方へと向かった。
そして律人は見てしまった。
つい明け方まで一緒にいた相手が、無惨な姿で転がっている光景。
夜が明ける瞬間まで、熱を帯びていたその身体が、冷たく固まっている姿を——
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