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-律人-ビルマの5日間⑰

「……弓弦」 律人は、開けた場所で一人倒れている弓弦の元へ駆け寄った。 その姿が遠目に見えた時から嫌な予感はしていたが、弓弦は軍服を身につけていなかった。 敵の兵達に見つかり、拷問された挙げ句に殺されたのだろう。 弓弦の身体には数え切れないほどの傷があった。 白く美しかった肌の至る所に、赤黒いアザができ、ところどころ血が滲んでいた。 服を脱がされたということは、『そういったこと』もされたのだろう—— 律人はその場に嘔吐した。 自分も、弓弦の身体を汚した。 弓弦の身体に小さな痕を作った。 けれど——『これ』とは、絶対的に違う。 敵の兵達から弄ばれ、痛めつけられてできたと思われる痛々しい傷の数々。 致命傷と思われる傷はなかった。 恐らく殴られたことによる脳挫傷か、長時間痛めつけられたことによる衰弱死か。 いっそのこと、敵に見つかった時点で銃で撃ち抜かれていたならば、まだ楽に逝けただろうに。 律人は嘔吐しながらも、涙が溢れてきた。 「すまない……、すまない、弓弦……」 弓弦の亡骸の前で、律人は何度も謝った。 俺が音色に気づいたりしなければ。 俺なんかと関わり合いを持たなければ、弓弦は除名されることもなく、 いずれ日本に戻って、元の日常の中で生きられただろうに。 弓弦の家族にも申し訳が立たない。 存命で、帰りを待っていたであろう父上にも。 亡くなられた母上と姉上だって、弓弦が思いもよらぬ早さで自分たちの後を追って来てしまったことに驚き、悲しんでいることだろう。 「すまない。すまない……」 すぐ近くに敵がいるかもしれない中で、律人は弓弦に謝り続けた。 もし見つかって撃たれたって構わない。 こんな罪悪を抱えたまま無駄に生きながらえるより、今この場で弓弦と共に死んでしまいたい。 たとえ俺に幸運が訪れて、日本に帰れたとしても、もうそこで弓弦と再会できる未来は潰えた。 「すまない……弓弦……」 ひとしきり涙を落とした後、律人はふいに頭を上げた。 いつまでもこのような格好のままでは可哀想だ。 そう思った律人は、弓弦の着ていた軍服を探したが、辺りに衣服らしきものは見当たらない。 恐らく敵兵たちが、少しでも資材の足しにしようと根こそぎ持って行ってしまったのだろう。 律人は自分の着ていた上着とズボンを脱ぐと、それを弓弦の身体に着せてやることにした。 痛々しい無数の傷がついた四肢に、ゆっくりと服の袖を通していく。 その途中、律人は弓弦の腹にある痕に視線を向けた。 この痕だけ。 この痕だけは、俺がつけたものだ。 ここだけ、弓弦が——たった一晩だけれど、俺の恋人になってくれた唯一の証だ。 律人は、弓弦の臍の辺りにつけた痕にそっと口付けた。 弓弦の身体はぴくりとも動かない。 律人は弓弦を背負うと、駐屯地へと引き返した。

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