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-律人-ビルマの5日間⑱

駐屯地に戻った後、律人は弓弦の身体を軍楽隊へ引き渡そうとしたが、もはや除名された兵——それも遺体となってしまっては日本に連れて帰ることもできないからと拒否された。 律人は、ならば墓を作ってやろうと穴を掘り始めたが、上官から止められた。 ただでさえ病気が蔓延しており、腐った死体は新たな病原菌を引き寄せる元となる。 死んだ兵は焼いて弔うしかないと告げられ、弓弦の身体に火がつけられた。 一晩だけの愛を育んだ相手の身体が、炎の中で溶け、黒く焦げ、やがて骨を残して灰になっていく姿を律人は眺めていた。 この気持ちは何に対してぶつけたら良いのだろう。 弓弦の行動を告げ口した高田。 たった一人で敵情視察へ向かわせる罰を与えた軍楽隊の上官。 弓弦に暴力を加え、死に至らしめた敵兵。 そして全てのきっかけとなった、自分の浅はかな行動の数々。 何もかもが、もう遅い。 ——その後のことを、あまりよく覚えていない。 それからもビルマに滞在し、時に敵襲を受け、時に前線で銃を持って戦いもした。 それでも律人は死ななかった。 ぎりぎりのところで、飢えることも、病に倒れることもなく、気付けば終戦を迎えていた。 ほとんどの仲間は終戦までの間に死んでいった。 同じ部隊に所属していた者たちも、高田もだ。 そんな中で、ほんの僅かな生き残りとして、律人は日本への帰国が叶った。 日本に戻った後、律人が家に顔を出すと、律人の妻だった女はたいそう気まずそうだった。 元妻と律人の兄の間には、既に子が産まれていた。 両親も、兄との子どもを設けた元妻のことは、すっかり兄の本妻として受け入れており、戦争の後に産まれた子どもは空爆に怯えることなく健やかに成長していた。 律人は彼らの選択を気にしていなかったが、家族の方が律人に対して過剰に気を使うため、律人は居心地の悪い思いがした。 そのため、間も無くして家を出た。 幸いにも、戦争が終わり復興へ向けてあちこちで人手が足りていなかったため、 まだ若く体力もある律人が食うに困ることはなかった。 安全な場所で働いて、ちゃんと腹が満たされるまで飯を食える。 ビルマにいた頃は渇望していた環境が、ここでは整っていた。 けれども律人の心が満たされることはなかった。 何度も何度も弓弦のことを夢に見ては、弓弦の死体を見つけた時の衝撃がフラッシュバックする。 甘い夜の出来事も、弓弦の最期を思い出し、吐き気に変わってしまう。 それから時が経ち、律人は金を貯めてバイオリンを買った。 初心者向けの安いモデルだが、それでも楽器というだけで、どれも高価だった。 律人は独学で音楽の基礎を身につけると、いつか弓弦が弾いて聞かせてくれたアヴェ・マリアを練習した。 バイオリンを弾きこなせるようになってからも、弾くのはアヴェ・マリアだけ。 律人はその後も家族の元へ戻ることはせず、妻を迎えたり、男と恋に落ちるようなこともなく、ただバイオリンと共に余生を送った。 心に負った耐え難い悲しみを、唯一癒してくれた音色と共に、律人は永遠の眠りにつき—— そして現代—— アヴェ・マリアの音色とともに、彼は前世の記憶を取り戻した。

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