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-ガク-告別式での再会①

——祖父が死んだという知らせを受けた。 楽(ガク)、大学二年生。 アパートで一人暮らしをしていた彼の元に、実家で同居していた祖父が亡くなったという連絡が入って来たのは数日前のことだった。 少し前に帰省したときは、元気に畑を耕していた祖父。 病気が見つかり、それからあっという間に亡くなったという話を両親から聞かされたとき、ガクは祖父がもうこの世にいないという現実を暫く飲み込めずにいた。 バタバタと家族の手伝いをしているうちに通夜が終わり、今日は親戚や近所の人々を集めての告別式が厳かに行われていた。 家族代表として、祖父との思い出話をしたためた手紙を読み上げ、会場からは啜り泣く声が響く。 じいちゃん、本当に死んじゃったんだな…… 戦時中じゃなくても、人は死ぬ時にはあっさり死んでしまうものなんだ—— 生前、特にガクが小さかった頃、祖父は戦時下での経験を、よく話してくれた。 空襲で逃げ惑い、親しかった学友を大勢失った第二次世界大戦での出来事。 田舎に疎開し、親族達から虐げられ、地元の子供達にも馬鹿にされたりと居心地の悪い思いで過ごした幼少期。 終戦後も飢えに苦しみ、畑を耕しながらも町で仕事を探して食い繋いだ青年期—— その激動の日々を聞かされると、ガクは戦争の恐ろしさと悲しさに恐怖するとともに、 自分が平和な日本——少なくとも今現在では——に生まれ、不自由なく生活することができている有り難みを噛み締めたものだった。 それが高校生、大学生になり、戦時中の話を祖父から聞く機会も減っていった最近では 平和が当たり前に存在するものだという感覚に陥りつつあった。 むしろ平穏無事に過ぎていく日々に退屈すら感じている——などと言えば、戦争を知る世代の反感を買うだろうか。 ともあれ、祖父との楽しかった日々を思い出しながら読み上げた手紙で告別式は締め括られ、 参列者を家族で見送った後、ガクも告別式場を出るため荷物をまとめていた。 その時、半開きになっていた控室の扉の先から聞こえてきたのだ。 『アヴェ・マリア』 それを奏でる優しいバイオリンの音色を—— どこか懐かしく、胸を締め付けられるような旋律。 その音が聴こえてきた辺りから、遠い過去の記憶が脳内を激しくノックして回るような衝動に突き動かされていた。 音に吸い寄せられるように、ガクの足がふらふらと歩き出す。 ガクの家の告別式会場と廊下で繋がれた先には、もう一つ別の会場に繋がる扉があった。 入口付近には別の一族の名が記された立て看板が置かれている。 バイオリンの音色は、その奥から響いてきていた。 「ごめんなさいね」 扉の近くで立ち竦んでいると、会場のスタッフと思われる女性が近寄ってきて囁いた。 「音が外に漏れちゃっているけれど、許してね。 ——どうやらこちらのご一家、音楽家の家系だそうなの」 「音楽一家?」 啓が顔を上げると、スタッフが頷いてみせた。 「ええ。そこのお祖母様が亡くなられてね。 亡くなられた方のお孫さんが、お祖母様の好きだった曲を演奏したいということで、特別に楽器の持ち込みを当館で許可していたのよ」 ばあちゃんの好きだった音楽を奏でる孫、か……。 俺もさっきじいちゃんへの手紙を読んだばかりだし、なるほど、楽器ができる人はこういうお別れの挨拶もできるんだな……。 ガクはスタッフが離れていったあと、ごくりと生唾を飲み込むと、目の前にある重厚な扉をそっと、ほんの少しだけ開いた。 いったいどんな孫が、荘厳で儚くも華のあるこの音楽を、こんなにも美しい音で演奏しているのだろうか。 その好奇心から、ひと目見てみたいと思ってしまったのだ。 ——扉の先にいたのは、バイオリンを構えている一人の青年だった。 歳は自分と同じ20歳くらいだろうか。 凛と背筋を伸ばし、黒いジャケットを羽織った右手が優雅に弓の曲線を描いている。 その美しい旋律に似合うような、陶器のような肌と、さらりと靡く柔らかな髪の毛。 高く通った鼻筋に長い睫毛—— その横顔からは、一雫の涙が伝っていた。 そして、この涙を流しながらアヴェ・マリアを奏でる男を見た瞬間、ガクはすべて思い出したのだ。 太平洋戦争のさなか、日本から離れた場所で、命を賭して戦っていた日々のこと。 そしてそんな自分の前に、祖国から降りたった一人の軍楽隊員——いや、バイオリニストの存在を。

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