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-ガク-ともだち②
「お待たせ……!!」
ガクは息を切らしながらカフェのドアを開けた。
汗だくの大学生が勢い良く入って来たため、周囲の席に座っていた利用客たちは驚いたようにガクへ視線を向ける。
しかしガクが見ていたのはただ一点。
イオリが座っている奥の席だった。
「遅くなってごめん……!」
「……五分遅れです」
「今日に限って授業が長引いちゃってさ。
終わった後も友達に絡まれたり——いや、とにかく。待たせてごめん」
ガクは謝ると、イオリの対面に腰掛けた。
「本当ですよ。『会いたい』って言って来たのはあなたでしょう。
会う予定を決める段階でも、あなたの方のスケジュールを中々押さえられなかった」
「ごめんなー……。
平日はサークルとバイト、土日はバイトの掛け持ちをパンパンに詰めてるもんだから、なかなか……」
「充実した大学生活を送っているようで」
「はは……。まあバイトは金がないからやむなく、だけど。
——それにしても、イオリも都内住みだったんだな。
俺の実家は告別式をしたあっちにあるけど、イオリは実家も都内なんだっけ?」
「はい、あそこには祖母だけ住んでいました」
「そっかぁ。それにしても東京に実家があるって、上京して一人暮らしの身としては最高に羨ましい」
ガクはくしゃりと頭を掻きながら、イオリの方を見た。
どこのものかは分からないが、同級生たちが着ているものとは明らかに違う、上質なシャツ。
袖口から僅かに覗いている腕時計は、ブランドに疎いガクでも知っているような高級老舗メーカーのものだ。
学生がバイトで稼げるような額の身なりではない。
けれども、容姿は自分とそう変わらない年齢をしているように見えた。
「ゆづ——イオリさんも大学生?
見た感じ、歳は近いよね?俺ら」
「20歳。大学二年生です」
「俺も大2!——なんだ、同い年か。
ならイオリって呼んでもいいかな」
「好きにしてください」
「じゃあイオリ!俺のこともガクって呼んで!」
「……はぁ」
イオリは若干引き気味に、紅茶のカップを傾けた。
「僕も呼び捨てにしなきゃダメですか?」
「いや強制はしないけど!
その方が打ち解けやすいかなって」
「……いきなり馴れ馴れしくするのは、ちょっと僕には合わないです」
「あー……」
……まずいなあ。
『こういう』ノリは好きじゃなかったか。
ガクは背中に冷たい汗が流れていった。
なるべく明るく、ノリ良く、周囲に気遣いつつ、程よく主張もする。
ガクは、周囲からの反応が良く、『ウケ』る話し方や接し方を、学生生活で身につけてきた。
気を抜くと真面目で近寄り難い雰囲気が出てしまうらしいことは中高で学んだ。
それでいて女子の同級生に好かれやすいため、下手をすると『モテたくてクールぶっている』と認定され、男子の輪からはみ出てしまう。
意識的に、時折ふざけてみたり、周りに合わせて下ネタを言ってみたりなど
馴染む努力を重ねた結果、クラスではいつも周囲に人の集まる人気者となったガク。
『ノリが良くて分け隔てなく気遣いができ、明るい性格』を正解像として常日頃振る舞っていたガクは、
初対面から自分に対し引き気味なイオリとどう接したらいいか頭を悩ませた。
「じゃあ……俺のことは好きに呼んで欲しい。
今日は来てくれてありがとう、イオリ。
それから——告別式。
演奏を中断させてしまったこと、改めて謝るよ。本当にごめん」
先ほどよりトーンを抑えて言うと、イオリは視線を上げた。
「式のことは、僕は大して気にしていないので……。
ところでガクさんはどこの大学なんです?」
「俺は電通大!
あ、『電通』って言っても、あの広告代理店とは関係なくて——」
「電気通信大学——調布にある国立大ですね」
「おー、知ってるんだ。
俺、地元の文系の友達に『今何してるの?』って聞かれたとき
『電通に行ってる』って答えたら、『えっ、あの大手代理店の?』って聞かれたんだよね。
電通生あるあるらしいんだけど」
ガクは明るく笑ってみせたが、イオリは少しも笑うことなく紅茶をもう一口含んだ。
「イオリはどこの大学?」
ガクが訊ねると、イオリはソーサーにカップを乗せた。
「……藝大」
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