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-ガク-ともだち④

その一言が、やけに響いて聞こえた。 がやがやと騒がしい店内で、「嫌い」の言葉だけが際立って耳の奥に入ってくるような—— バイオリンが嫌い? いや、だって、祖母の前で披露していたじゃないか。 あんなに美しい音楽を奏でていたじゃないか。 ……嫌いなのに、あんな演奏ができるものなのか? それに——弓弦は…… 「弓弦はバイオリンを愛していたのに……」 思わず、そんな言葉が口をついて出て来た。 イオリは眉根を寄せ、また小さく溜息をついた。 「——僕が今日あなたの誘いに乗ったのは、その前世の話を聞かせてもらうためです」 「……」 「初対面なのに、TPOも考えずにぐいぐい来るあなたを拒絶しようかとも思いましたけれど、あなたがあまりにも食い下がるので——」 「……っ」 そうだよな。 イオリからしてみれば、俺ってかなりヤバい奴として見られていても仕方ない。 それくらい周囲の空気を読まず突っ走ってしまった。 「あなたの知る前世とやらを教えてください。 あなたのことを信用したわけではありませんが、何も知らずにあなたの話を否定することもしたくないので」 「——ありがとう。じゃあ…… 信じてもらえるように、頑張って話すよ」 ガクはそれから、時間をかけて話した。 前世の自分の生い立ち、ビルマでの出会い、そして弓弦に強く惹かれたこと—— ガクが話す間、イオリは黙って耳を傾けていた。 どんなに強く思っていたかを伝えても、イオリの表情は一切変わることがなかったが、 代わりに途中で席を立ったりすることもせず、ただ傾聴し続けた。 「それで——弓弦は、最期に……」 前世の自分が悲惨な末路を辿った話など、本当は聞きたく無いだろうとも思ったが、 下手にぼかしたり切り上げるようなことはしたくなかった。 きっと彼はどんな話をしても受け止めてくれる。 怒って席を立ったり、悲観して落ち込むようなことはしないだろうと——ガクはイオリに対し、なぜかそんな確信があった。 「……それで、結局俺は一人で日本に帰国することになったけれども—— それから先、死ぬまで誰かと添い遂げるようなことはせず、ずっと弓弦を想ったまま、その生涯を終えたんだ」

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