31 / 200
-ガク-ともだち⑤
長い話を終え、沈黙が広がる。
いつの間にか、左右の席に座っていた人達も居なくなり、店内にいる利用客はガクとイオリだけになっていた。
「あのー……」
その時、カフェの店員が遠慮がちに二人の方へ近づいてきた。
「そろそろお店が終了する時間でして……」
「あ——」
ガクは「すいません!」と頭を下げると、財布を取り出した。
いそいそとレジに向かい、二人分の飲み物代を払おうと小銭を探していると、
横からクレジットカードを持った手が伸びて来た。
「カードで。二人分」
「えっ」
「早くお店を出た方がいいでしょう?」
イオリは自分のカードでさっさと会計を済ませると、カフェの外へ出た。
「もたもたしてごめん!カフェ代払うよ」
店を出た後、ガクがそう言ってお金を渡そうとすると、イオリは小さくかぶりを振ってそれを拒んだ。
「要りません」
「でも、今日は俺が誘って来てもらってるし」
「貸しを作るのは気が引けるので」
「じゃあ、細かくなるけど俺の分だけでも」
「結構です。財布に小銭を増やしたく無いので」
イオリの反応から、もしかしたらお茶をするのはこれっきりにしたいという気持ちがあるのかもしれない……という不安に襲われたガク。
「……また会えるかな?」
「……」
「もしかして——あんな話を聞かせたせいで、俺のこと、頭のヤバい奴だと思ってる……?」
「……本当にそんな前世があったのかは、正直、半信半疑です。
仮に前世で強い結びつきがあったとして、現世でもその相手と親しくしなければならない義務はないと思っています」
「……そう、だよな……」
ガクは目の前が真っ暗になった気がして、足元がふらついた。
確かに、前世からの縁があるからといって
イオリに同じようなものを求めるのは間違っている。
前世のことを何も知らないのに、いきなり声をかけて来たパッション強めの男と仲良くできる方が稀な話だ。
「……分かった。ごめんな。
俺、もう——」
「ですが」
イオリは唇の端を僅かに上げた。
「あなた自身のことには、少し興味が湧きました」
「——え」
「だから、また会いましょう」
その顔は街灯の光に照らされ、無数の輝きが瞳の中に反射していた。
『今』の自分が見ても、引き込まれてしまいそうになる瞳から、ガクは視線を逸らせなかった。
遠くなっていく背中を追いかけて、『次っていつ会える?』とすぐにでも聞いてしまいたかったが、怖気付いて動けなかった。
告別式会場で会った時には、何としてでも繋がりを作らなければ、と半ば強引な行動を取ったが、
イオリとゆっくり話す時間を持てた後になって感じたのは、『この人に嫌われたくない』という恐れだった。
大丈夫。
連絡先も交換したし、お互いの大学も把握した。
いつでもまた、会うことはできる。
イオリさえ、俺のことを拒絶しなければ。
イオリがもっと心を開いてくれるようになるまで、強引な真似はなるべく控えるようにしよう。
とにかく、時間をかけて——
『今の弓弦』を。
そしてイオリという一人の独立した人間のことを、知っていこう。
ともだちにシェアしよう!

