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-ガク-ともだち⑨
「……考えて、くれてたんだ……」
レモンティーのボトルを受け取り、ガクはそれに口をつけた後、呟くように言った。
「びっくりした。
友達からでいい、って言ったけれど……
友達にすらなってくれるか分からないなって思ってたから」
するとイオリは唇の端を上げてみせた。
「あなたのことを何も知らないうちから拒絶するようなことはしたくないので」
「っ……!」
「それに——『前世の僕』は、自分のクラリネットを貸してあげようとしていたんですよね」
「え?」
「あなたがそう話したじゃないですか」
「っ、ああ……」
そうだ。俺——律人がクラリネットも吹いてみたい、と言ったら、弓弦はそれに応じてくれたんだっけ。
潔癖気味だから人に楽器を貸すのは好まないけれど、律人ならば構わない、と——
「ガクさん」
イオリは自転車を引いて歩くガクを横目に見ながら言った。
「今日、僕から連絡したの、なんでだか分かります?」
「え……?」
そういえば、なんでだろ……。
「……暇だったから?」
「あなたと話したかったから」
「!」
「あなたから連絡をくれると思っていたんですけど、いつまで待っても来なかったので。
バイトとサークルで忙しいとは聞いていましたけれど——
連絡したら、きっと会ってくれると思っていました」
なんだ。そうだったのか。
ガクは、自分が散々悩み続けた一週間が阿呆らしく思えた。
どんな文章で、どんな理由をつけて誘うかなんて考えてないで
ただ一言『会いたい』と言えば、イオリは会ってくれたのか。
「——次は調布で会いましょうか」
公園の敷地内を一周した頃、イオリが言った。
「いいよ、遠いだろ」
「ガクさんだって、上野まで来てくれたじゃないですか」
「そりゃ上野はさ、見るものも多いし食べるところだってあるし」
「調布には無いんですか?そういうの」
「……あると思うけど……」
ただ俺は、大学生になった頃からバイト漬けで、東京の遊び場をあまり知らない。
それこそサークルやバイトの仲間と近場で飲んだりすることはあるけれども、
イオリを連れて行けるような、『ちゃんとした』ところとなると、下調べが必要だ。
「……でもほら、上野の方が、イオリも会いやすいだろ?」
「僕が会いに行っちゃダメなんですか」
イオリの瞳が近くに迫り、ガクの心臓がどくりと弾ける。
「……ダメじゃない、よ……」
この胸の高鳴りは、イオリと弓弦を重ねているからだろうか。
弓弦の記憶を持たない人間。
弓弦と過ごした五日間の記憶を、イオリと共有することは叶わない。
弓弦とは違う、イオリという個人に対して、俺はどんな感情を抱くのが正解なのだろう。
「……それじゃあ、次は調布に来て」
答えを知りたい。
イオリとまた会いたい。
イオリはスケジュールアプリを開いて答えた。
「じゃあ今、日にちを決めましょう。
連絡を待っている時間が不毛なので」
「!——お、おーけー。
俺もバイトのシフト確認するわ」
イオリの行動の早さに驚きつつも、ガクは口元を緩ませながらシフト表の画面を開いた。
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