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-ガク-ゆらぎ③
——こうしてイオリと約束していた土曜日がやってきた。
駅の改札前で待っていると、電車が到着するたびに大勢の利用客が改札から出てきた。
沢山の人の波——しかし遠目からでもすぐに分かった。
凛とした華を纏った人物が、奥の方から歩いて来る。
ガクは心臓を高鳴らせながら、その人物が改札を通って来るのを待ち構えた。
「……イオリ!イオリ、こっち!」
きょろきょろと自分の姿を探すイオリに、ガクは少し張り上げた声で呼び掛けた。
その声に反応し、イオリがこちらに歩いて来る。
ガクはイオリを見つけた時から自然に頬が緩み、笑顔で言った。
「来てくれてありがと!遠かったろ?」
「別に……。同じ都内ですし」
イオリはそう答えると、さくさくと歩き出す。
「映画観るんですよね。
ここ人が多いので、さっさと移動しましょう」
「あ、うん!案内するよ——」
慌ててガクも歩き出した。
「東京の生まれ育ちですけど、初めて来ました」
歩きながら、イオリが言った。
「まあ、俺も大学がこっちにあるってだけで、用事が無ければ調布に来ることってないかも」
「調布もですが、東京の中でも行ったことのない場所が沢山あります」
「ああー。東京出身の人って、都内の観光地にはそんなに行かないって言うよね。
東京タワーとかスカイツリーに登ったことがない人も案外多いらしいし。
住んでいると、いつでも行けるし!って気持ちになるからかな」
「いつでも、というより——僕は単に、人の多い場所が苦手なんです」
そっか。
俺は人の多い所も嫌いじゃないけれど、イオリは繊細な雰囲気があるもんな。
「まあ……確かに俺も、渋谷のセンター街とか原宿の竹下通り並みに人が多いと、人を掻き分けながら歩くことに気を遣って、ちょっと疲れちゃうかな。
渋谷も原宿もそんなに行ったことないけども」
そうイオリに共感してみせつつ、
「それに比べたら調布は歩きやすいし、住みやすい街だなと思うよ」
と、調布を気に入ってもらえるよう言葉を選んだ。
気に入ってもらえたら、『また』の機会に繋がるかもしれない——
二人で出かけるのは三回目だが、まだまだ打ち解けた関係とは言えないため、
今日という一日をイオリに楽しんでもらい、次に繋げたいという思いが強かった。
映画館に向けて、二人でしばらく歩いていた時だった。
「あーっ。ガク君だ!」
少し先から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
ガクが声のした方に顔を向けると、美佑がパタパタと手を振ってるのが視界に入った。
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