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-ガク-ゆらぎ④

美佑は道路を渡ってこちらまでやって来ると、笑顔で話しかけてきた。 「お疲れ!ちょうど今、バイトに向かってるとこだよ」 「お疲れ、美佑。こんなとこで会うなんて奇遇だな」 今日のためにバイトを代わってもらった、と知られれば、イオリに気を遣わせてしまうかもしれないと考えたガクは、 『バイト代わってくれてありがとう』 という言葉は使わないようにした。 「ガク君は——あっ、お友達と一緒なんだね!」 美佑は、ガクの半歩後ろに下がって立っているイオリの方を見て言った。 「そちらのお友達はガク君の学校の人?」 「ううん、他校だよ」 「そっかあ。さっすがガク君!」 「はは、さすがってどういう意味だよ」 「えーだって、ガク君ってちょっとした有名人じゃん? やっぱり、他校にも知り合いが大勢いるんだなーって」 「大勢なんていないよ。しかも有名人なんて初耳なんだけど」 「有名だよ!うち白百合じゃん? 私の同級生——ガク君と合コンした子とか、インカレで一緒に飲んだ子とか、みんなガク君の噂してるよ!」 確かに白百合女子大とは大学同士が近いから、たまに数合わせで呼ばれて飲み会に参加することはある。 好んで積極的に参加していたわけではないから、適当に愛想よく振る舞ってはいたけれど、噂されるような何かをした覚えはない。 「ええー?なんだろ、悪い噂じゃないといいけど」 「ふふっ、どうでしょう?」 「匂わせるくらいなら言って! どんな悪評でも受け止めるから!」 「あはは、そこまで悪い噂じゃないよ〜。 ガク君をデートに誘ったけど、予定がなかなか合わなかったり、会えたのは一回きりで疎遠になっちゃって寂しいって言ってる子が何人かいてさ。 付き合うまで至らなかった子達が、どうやったらガク君を落とせるんだろうって噂してんの!」 「……申し訳ない。 誘ってもらえるのは嬉しいんだけど、単に忙しくて予定が合わなかったんだ」 「うんうん、私はガク君と話す機会がそれなりにあるから、バイトとサークルが忙しいってのは知ってるよ。 それに勉強も大変そうだよね。 電通って、入るより卒業する方が難しいくらい厳しい大学って聞くし……」 確かに、卒業できず留年している先輩は多い。 俺もダブらず卒業できるよう、割としっかり勉強はしているつもりだ。 「——でもガク君。 ガク君を狙ってる女の子たちが沢山いるってこと、そんなに自覚ないでしょ?」 「うん、知らなかった」 「で、さ……。 私をパイプにして連絡取りたがってる子たちもそこそこいるんだけど、その子達をガク君に繋げるのは迷惑かな?」 「……迷惑じゃないけど、会える時間を取れるか分からないし、そっちの方が申し訳ないかな……」 「おけおけ!気にしないで!」 「ごめんね」 その後も美佑と軽い世間話をしたあと、彼女は 「話し過ぎちゃった!そろそろバイト先に向かわないと!」 と、やや急ぎ足で去って行った。 「——お待たせ、行こうか」 ガクが振り返ると、イオリは後ろに居なかった。 「……イオリ?」 ガクが慌てて周囲を見渡すと、遠くの方を一人で歩いて行くイオリの後ろ姿を見つけた。 「イオリ!待って!!」 走って追いつくと、イオリはガクの方を見ることもなく口を開いた。 「盛り上がっているようだったので、先に映画館へ向かおうかと」 「ごめん!!バイト先の子でさ」 「そうですか」 「っ、いや、話し込むつもりはなくて—— イオリを待たせようとは思ってなかったんだ。 ただその、今日のバイトを代わってもらった負い目もあったしで……」 「バイトを代わってもらった?」 イオリが顔を横に向け、ガクを覗き込んできた。 「あっ……」 そこでようやく、黙っているつもりだったことを口走ってしまった事実に気がついたガク。 「うん……実は普段の土日はバイトがぎちぎちに詰まってて。 でもイオリとは休日に会ってゆっくり話したかったから、さっきの子に代わってもらったんだ」 「……」 「ごめん。こんな話されたら、気ぃ遣うよな」

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