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-ガク-ゆらぎ⑦

二人はその後、映画館の近くのカフェでお茶を飲みながら、さっき観た内容の話をした。 「イオリの言うとおり、確かに難しい映画だったね。 直接的な戦いのシーンは無かったけれど……やっぱり戦争を扱っている作品なだけあって、終始重々しさはあったし。 もし今の時代に出会えていたなら、外国人同士でもきっと良い友情を結べていたはずの人達が それぞれ自分の国で培われた価値観とか、自分の置かれた立場といったしがらみのせいで 歪んだ関係性を築いていたことが、戦争の弊害として描かれていたのかなと思った」 ガクが感想を述べると、イオリも紅茶を口に含んだ後、自分の感想を言った。 「僕が難しいと感じたのは、ヨノイとセリアズの関係性です。 あの二人の間にあったのは、畏怖と尊敬? 支配したい者と、支配を受けず独立したい者の関係? ——最後にセリアズがヨノイにキスをした理由が、僕には分からなかった」 「俺は……わかった気がしたよ。 ヨノイの気持ちも、セリアズの気持ちも」 ガクが言うと、イオリは小首を傾げた。 「ガクさんは分かるんですか」 「お互いのこと、好きだったんだと思うよ」 「……恋愛感情として?」 「多分、そう」 イオリは少しして、小さく息を吐いた。 「……なるほど、あれは恋愛感情……」 「——と、俺は思ったって話!」 ガクは恥ずかしくなり、くしゃりと頭を掻いた。 「俺はさ、ほら……前世の記憶があるから…… 同性のことを好きになる気持ちも理解できるというか……」 するとイオリは、思い出したように言った。 「そういえばさっき、道端で女性と話していた時—— 女子大の人とデートしたりしていたって言われていましたよね」 「!……」 「ガクさんは異性愛者なんですか?」 その問いかけに、ガクは言葉を詰まらせた。 「……『俺』は……確かに異性愛者、だよ。 女の子と付き合ったことはあるけれど、男と付き合ったことは無い」 「そうですか」 「——でも、『前世』では同性愛者だった。 『前世の俺』である春木律人の記憶を共有する今なら、同性を好きになる気持ちも理解できる」 ガクは恥ずかしくなり、視線を机の上に向けたが、耳は真っ赤に染まり抜いていた。 「……今は……」 するとイオリが、ぽつりと呟くように言った。 「今のガクさんは……自分はどちらだと思っているんですか?」 「『今』の俺は……」 そこでまた、言葉が詰まった。 分からない。 春木律人は秋庭弓弦を愛していた。 だから『俺』も、秋庭弓弦を愛している。 けれどそれは春木律人の記憶に引っ張られているからで、ガクとして産まれた俺自身が自発的に抱いた感情ではない。 律人とガク。 記憶や人格をどれくらい切り離すべきか、正解は分からない。 ただ、確かなのは、弓弦の生まれ変わりであるイオリに対し、ひと目見た瞬間から惹かれていること。 だけどイオリからしてみれば、つい最近知り合ったばかりの男から 知らぬ間に強い好意を抱かれているなんて、こんな怖いことはないだろう。 イオリの目線で考えれば、こんなに気味の悪い経験もそうそうないはずだ。 俺はイオリを怖がらせないよう、精一杯、この気持ちを押し殺しながら接するべきなんだ。 それができなければ、きっとイオリはまた会おうと思ってくれなくなるだろう—— 「俺は……そうだな……。 模索中ってことで……」 イオリは少し不満そうだったが、今のガクにはそれが精一杯だった。 イオリに嫌われたくない。 異性愛者だと言えば、じゃあなんで自分と関わりたがるのだと断絶されるかもしれない。 同性愛者だと言えば、出会って間もない相手から『前世からの愛』などという重い感情を向けられることに、やはり辟易されるかもしれない。 それに今の俺は、自分の性をいずれかにカテゴライズすることはできない。 異性か同性か、ではなく、弓弦かイオリか、なのだ。 弓弦の姿を重ねてイオリを見るのか、 イオリという独立した個人と関係を深めたいのか。 その答えは、まだ出せない。 少なくとも、『イオリ』との交流はまだ始まったばかりなのだから——

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