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-ガク-コンサートマスター③

それを聞き、ガクは思わず目を丸めた。 友人の直接の後輩。 在校生の九割近くが男子学生の電通大を受ける理系生徒。 名前がツバサ。 それらの情報から勝手にバイアスがかかり、『月島翼』は男子高校生だと思い込んでいた。 「——すみません!!」 ガクは勢いよく頭を下げた。 考えてみれば悠真たちも、俺が『伊織』という名前の相手とメッセージのやり取りをしてるのを見て、女だ、彼女だって騒いでいたっけ。 勝手に女と決めつけるなよ、と呆れていたけれど 俺だってめちゃくちゃ決めつけていたじゃないか! ——そんな反省心もあり、真摯な気持ちで頭を下げると、翼はくすりと笑って言った。 「そんなに謝らないでください、よくあることなんで。 ……それにしても、すごい丁寧な方なんですね。 駿先輩が仲良くしてる方だと聞いていたんで、ちょっとびっくりしちゃいました」 「ああ……分かるよ。駿は適当人間だものね」 ガクが言うと、翼はさらにおかしそうに笑った。 よく笑う子だなあ。 でもそういう感情表現豊かな子の方が、コミュニケーションもとりやすいし有難い。 「それじゃ改めて、翼さん。 今日はよろしくお願いします。 ええと、教えて欲しいのは主に物理だっけ」 「はい!私の部屋に案内しますね」 翼に案内され、ガクは二階へ続く階段を上がって行った。 翼の自室は女の子らしく、白を基調としたパステルカラーでまとまっていた。 そんな中、壁に無骨に立て掛けられていたのはラクロスのスティックだった。 「ラクロス部に入ってるの?」 「はい、もうすぐ引退ですけど。 ——ガク先生もラクロスサークルなんですよね?駿先輩から、クラスとサークルが一緒って聞いてます!」 「そうだよ。俺の場合、ラクロスは大学から始めたんだけどね」 そうだ。大学一年の頃、入学してすぐ仲良くなった駿たちに誘われて、ラクロスを始めたんだっけ。 運動神経には自信があったから、身体を動かせればなんでも良かった。 せっかくだから、仲の良い仲間達と一緒に入れる方が良いかと思って入ったサークルだったけれど、 思いのほか練習日も多ければ飲み会も多くて、出費がちょっときつかった。 やっぱりそろそろ辞めどきなのかもしれない。 「へえー。高校時代は何部だったんですか?」 「野球部」 「ええ〜、見えない」 「はは、どゆこと。野球部にどんなイメージ持ってるの?」 「熱血!って感じ?ガク先生はなんか、もっと爽やかな雰囲気がするので」 翼の言葉にガクは笑いながら、ふと考えた。 自分は当たり前のように中高大とスポーツ一色で過ごして来た。 流行りの音楽は聴いていたけれど、自分で音楽をやろうと思ったことはない。 ……イオリは、いつからバイオリンをやっているのだろう。 芸大でバイオリンを専攻するくらいだから、かなりの腕前なのは間違いないし そうなるまでには血の滲むような努力をしてきたはずだ。 じゃあイオリはやっぱ、中高もバイオリンに打ち込んできたのかな。 聞いてみたいけれど—— 『僕、嫌いです。バイオリン』 カフェで話していた時のイオリの言葉がのし掛かる。 イオリからは、あまりそっちの話題には触れて欲しくないというような空気が出ていて、話を広げられなかった。 二人を繋いでくれたバイオリンという楽器のことを、もっと話してみたい。 俺はそう思っているけれど、イオリはどうなんだろ——

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