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-ガク-コンサートマスター④

その後、翼に簡単なテストを解いてもらい、どこが苦手な部分かを探って行くなど、塾のアルバイトでもするような流れで初回の講習を終えたガク。 「今日はありがとうございました!」 「こちらこそ。翼さんが電通大に合格するまで、俺も全力で支えるよ」 「ホント心強いです。ママにも『とっても良い先生』だって伝えますね! あとこれ——」 翼は玄関の棚の上に置かれていた茶封筒をガクに手渡した。 「今日の授業のお代です」 「え?」 「駿先輩から、お代は日払い手渡しで、と聞いたので——」 普通の会社から派遣される家庭教師なら、日払い手渡しなんてことはしないだろう。 けれど知人の紹介ということで、そこは双方合意があれば問題ない話か。 ガクは、自分が常に金欠であることを知っていて、駿がそう取り持ってくれたのだと理解し、駿に心の中で礼を言った。 それからガクは週2、3日は翼の家庭教師をするということで月島家の両親からも同意があったため、土日の夜に入れていた居酒屋のバイトは辞めた。 美佑をはじめバイト仲間からは寂しがられたが、ガクの心は軽やかだった。 これで休日の時間が作れる。 イオリに会いに行ける—— 『すみません。暫く土日は空けられそうにありません』 ガクを絶望させるには充分な返信が戻って来た。 詳しく話を聞いていくとこうだった。 芸大では定期的にコンサートが開かれており、学内外の人が訪れるのだが 夏に開催される、あるオーケストラの演奏会においてイオリはコンサートマスターを務めるらしい。 それまでは上の学年にいた先輩がその役を担っていたが、今回から自分がそれを任されているため、土日も練習室に籠ることになると。 ガクはコンサートマスターという言葉に聞き馴染みがなかったため調べてみたのだが、 どうやらオーケストラ全体の音楽を統率し、時にソロパートの演奏も担う、花形かつ要ともなる重要な役職であることが分かった。 つまりはバイオリンを専攻する全生徒の中で最も実力のある学生が担うポジションに選ばれたということで、 コンサートに向けて猛練習に励まなければならないというのも納得であった。 ガクは、そんなプレッシャーの中で演奏するイオリを応援してあげたい、という気持ちにもなったが それよりも先に感じてしまったのは、当面会えないと宣言されてしまった寂しさだった。 『そっか。それは残念だけど、練習頑張ってな!』 ガクはそう送った後、はぁとため息をついた。 ……考えてみたら、練習ってのは『口実』かもしれないよなあ。 もう俺に会いたくないけど、ハッキリそう伝えるのは憚られるから、練習が忙しいってことにしたのかも。 ここで『一時間でもいいからお茶ぐらいしない?』なんて送ったら嫌われるだろうか。 ……ダルいって思われそうだな。 実際、コンサート関係なしに、バイオリン専攻ならば日々楽器の練習はしているはずだし。 それこそプロを目指す人たちは、どんな界隈であれ、他の予定すべてを犠牲にしてでもその対象と向き合い、高めていくものだろう。 まして音楽のことなんてさっぱり分からない俺なんかが、想像であれこれ言える立場じゃない。 ガク——『楽』なんて名前についているのに、音楽のことを全然学ぼうともしなかった自分が、今になって憎らしく思えてくる。 ……もう会えないのかな……

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