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-ガク-コンサートマスター⑤
それから一ヶ月——
時間だけが過ぎて行った。
イオリからの連絡は無い。
ガクから送ろうと何度も考えたが、練習の邪魔をしてしまわないか?
そして練習が口実だとしたら、余計に嫌われてしまわないか?
と悪い方にばかり考え、結局メッセージは送れなかった。
そんな中でも平日は月島家で家庭教師をし、辞めてしまった土日の夜のバイトは、代わりに単発で働ける仕事を入れたり、友人と遊んだりしているうちに
すっかり汗ばむ季節へと移り変わっていた。
「——そういえば」
ガクは、今日も連絡の来ないイオリとのメッセージ画面を読み返しながら、ふと思い出した。
藝大のコンサート、学内外の人が訪れるって言ってたよな。
じゃあ俺も、そのコンサートを聴きに行けるってこと?
そのことに気づいたガクは、慌てて東京藝大のコンサート情報をチェックした。
構内のホールでは声楽、オペラなど様々なジャンルのコンサートが定期的に行われている様子であったが
イオリが言っていた、夏に行われるオーケストラのコンサートというのは一つしか該当するものがなかった。
——これだ!
これを見に行けば、きっとイオリに会える。
一ヶ月も連絡がないため、イオリの中で忘れ去られ始めているのではないかと感じていたガク。
だがそうだとしても、音信不通のまま疎遠になるのは避けたかった。
コンサートを観に行って、もしイオリと話せるチャンスがあるなら、最後に挨拶がしたい。
いや、姿が見れるだけでもいい。
とにかくイオリに会いたい。
——この気持ちが何であるか、ガクはとっくに気付きつつあったが、そこにはっきりとした答えは出さなくても構わなかった。
イオリに会いたい。それだけが事実だ。
——その翌週。
ガクはネットで購入しておいた前売券を受付で見せると、芸大のホールの中へ足を踏み入れた。
広いホールの中央には巨大なパイプオルガンが鎮座し、2000近い席には既に多くの客が座っている。
談笑する客たちは、藝大の生徒らしき若者もいれば、外部から観に来た一般客と思われる中高年の人々もおり、いずれも品の良いスーツやワンピースを身に付けている人ばかりだった。
ガクはホールの規模と、観客達の佇まいに圧倒されてしまった。
こんな、音楽の『お』の字も知らないような人間が来ていい場所だったのだろうか。
そして幸か不幸か、ガクの持っていたチケットは偶然にも一番前の席だった。
安いシャツに、汚れのあるスニーカーを履いた人間が一番前に座っていたら目立つだろうな……
ガクは心の中で周囲に謝りながら、指定された席に座った。
それから間もなく、開演のブザーが鳴り、オレンジ色の照明が一度暗くなった。
そして薄暗いステージの上に次々と奏者たちが登壇し、椅子の上に座っていく。
ほどなくして、ステージの上、客席から見て真ん中寄りの左前方にスポットライトが当たった。
——イオリだ!!
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