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-ガク-コンサートマスター⑨
「そんなことない!!」
ガクはイオリを離すと、ぶんぶんと首を横に振った。
「それは絶対違うよ、イオリ。
——俺は前世で一度、弓弦のバイオリンを貸してもらったことがあったけれど……
俺が弦に弓を当てても、あんな綺麗な音は出なかった。
それどころか、耳を塞ぎたくなるような雑な音だったよ。
バイオリンから綺麗な音を出すには、その音を出せる技術を持った人が演奏するしかないんだ。
あの音は……イオリにしか出せない音だと思ったよ」
ガクが説得するように力強く言うと、イオリは唇をそっと開いた。
「……バイオリンが嫌いな人間が弾いても、綺麗な音が出るのなら……
やっぱりそれは楽器自身のポテンシャルだと思うんです」
そう言った後、イオリはふっと唇の端を上げた。
「——でも、今日は……
あなたが目の前の席にいることに気づいたので、ちょっと気合を入れてみました」
イオリは、ガクの目を真っ直ぐ見つめながら告げた。
「会いに来てくれてありがとうございます。
僕、あんまり気持ちを表に現すのが得意じゃないですけど——嬉しかった。
ガクさんに会えて、嬉しかったです」
「イオリ……」
ガクはイオリをもう一度抱き締めた。
嫌われてはいなかった。
会えて嬉しいと言ってくれた。
その事実が、どんどん自分の中の熱を膨張させていく。
「……俺たち、もう……友達くらいにはなれたかな」
ガクは目を閉じ、どきどきしながら答えを待った。
「僕は……」
イオリは少し迷うかのように言葉を切った後、こう返した。
「友達というステップを踏む必要があるとは思ってないです。
あと、僕は——理由がなくてもガクさんと会える関係になりたい……です」
ガクが驚いて一度身体を離すと、イオリの耳が赤く染まっているのが目に入った。
戸惑いを浮かべながら、少し恥ずかしそうに俯くイオリを見て、堪らなく愛おしいと感じた。
好きだ。俺はイオリが好きだ。
「うん。会いに行くよ。
俺もイオリに会いたいから。
それにもっとイオリのことを知りたい」
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