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-ガク-路地にて①

イオリはその後、生徒全体での反省会と打ち上げに参加するため、ホールに戻って行った。 去り際、二人は次に会う日を約束した。 スマホを返してもらえる予定ではあったが、会って話せるうちに約束しておきたいという気持ちが互いに働き、 平日ではあるがガクのバイトが入っていない日の授業終わりに会うことにした。 コンサートで上野まで来てくれたため、今度は自分が調布に行くとイオリが言い、ガクは授業が終わるや否や、待ち合わせ場所として決めておいた仙川のカフェへ向かった。 調布の中でも最近仙川は開発が進み、駅前は大型の施設から商店街まで、買い物にも食事にも困らないラインナップであったため、 その中で見つけた雰囲気の良いカフェを待ち合わせ場所に指定したのだった。 ガクがカフェに着くと、イオリの姿はまだ無かった。 自分の方は自転車ですぐ来れる場所のため、イオリは今はまだ電車に乗って向かって来ている頃だろう。 そう思い、ゆったりとコーヒーを飲みながら待っていると、お店のドアが開く鈴が鳴った。 イオリが来たのかと思い、ガクが顔を上げると、そこに立っていたのは月島翼だった。 「先生!やっぱりガク先生だ!」 「!……翼さん?」 翼はガクの座っている二人がけテーブルまでやって来ると、向かいの椅子にすとんと座った。 「お店の外から、先生に似てる人がいるな〜と思って入ってみたんです。 そしたらやっぱりガク先生でした!」 「っていうか、翼さんがどうしてここに?」 「ああ——私仙川にある塾にも通っていて……。 ほら、成城学園から仙川まで、バスですぐじゃないですか。 自宅からも近いので、家庭教師に来てもらっている日以外は塾に行ってるんです」 そうだったのか。 ガクは納得しつつ、ちらりとスマホを見た。 イオリから連絡は無い。 「誰かと待ち合わせですか?」 「ん?うん、まあ」 「もしかして……彼女さんとか?」 翼に訊ねられ、ガクは咄嗟に返した。 「いや、彼女じゃないよ。 そもそも大学入ってから、ずっと独り身だし」 事実、彼女がいない日常が長く続いていたことや、 彼女はいるか?と女性に尋ねられることも少なくなかったため、 ガクはほぼ反射的にそう答えていた。 「そうなんですねえ。 ガク先生に付き合ってる人がいないなんて、なんか意外だなぁ」 「……っ、そんなことより、翼さん。 部活もこないだ引退して、これから受験一本に入って行くわけでしょ? 先生には恋愛事情を聞くより、勉強のことを聞く方が有意義だと思わない?」 「あははっ、確かに」 翼はけたけたと笑った。 「これでも私、ちゃんと勉強もしてますよ? 先生と同じ大学に入りたいですから! でも学校でも友達みんな受験一色!って感じになって来て、塾では会話禁止だし、 勉強以外のトークに飢えてるんですよねぇ」 「そうか、普段はちゃんと頑張ってるんだね。 確かに最近、問題を解くペースも一定のスピード保てるようになってきたよね」 「へへ……。 もちろん、カテキョしてもらってる時は、勉強のことを聞きますよ。 でも今は、時給も発生しないわけですし」 「んん、確かに」 ガクは顎に手を乗せると、納得したように頷いた。 「時給が発生してない今なら、なんでも聞き放題だと翼さんは考えているわけだ」 「あはは!答えてくれるかは先生次第ですけどね」 「そうだね。試してごらんよ」 「えーっと、じゃあ……」 その時、遠くの方で鈴の音が鳴ったような気がした。 「——私が卒業したら、ガク先生と付き合える可能性ってどれくらいありますか?!」 一際明るく、そしてどこか甘酸っぱい声音がカフェの中に響いた、直後。 照れたように笑う翼の背後に、バイオリンのケースを背負った青年が立っていた。

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