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-ガク-路地にて②

「——イオリ!」 ガクがハッと視線を上げると、翼がその視線の先を辿り、後ろにいるイオリの姿に気付いた。 「あっ、あっ……。 もしかして待ち合わせしていたお友達ですか?」 翼は勢いよく椅子から立ち上がると、ぺこりと頭を下げた。 「勝手に座っちゃってごめんなさい!」 翼はイオリにそう謝った後、学校の鞄を肩にかけ、ガクの方を再度見つめた。 「私、行きますね。 ——卒業した後のこと、考えていてくれると嬉しいですっ」 そう言い残し、元気よく店を出ていく翼。 イオリは無言のまま、椅子を引いてガクの前に腰掛けた。 「あ……、お疲れ、イオリ」 「お疲れ様です」 イオリは静かな声で言うと、レモンを添えた紅茶を注文した。 「……仙川まで来てくれてありがと」 紅茶が届き、イオリがそれを一口含んだ後、ガクが言った。 「今日も練習忙しかった?」 「ええ、まあ」 イオリはそう言ってもう一口紅茶を飲んだ後、「いつものことです」と付け足した。 明らかに気まずい空気が流れている。 ガクはこの状況を打破しなければと切り出した。 「あ、さっきまでいた子——俺が家庭教師をしてる高校生なんだ。 店の中にいる俺の姿を見かけたからって、わざわざ挨拶に来てくれて」 「はあ。挨拶」 イオリの口調から明らかに、それだけじゃなかっただろと言わんばかりの圧を感じる。 ガクはくしゃりと頭を掻くと、「あー」と切り出した。 「さっきのやり取り、聞いてた……よ、な」 「卒業したら付き合えるか、可能性を探られていましたね」 「付き合わないからね!? 一応、誤解なきよう言っておくけど」 ガクが慌てて言うと、イオリはふぅと息を吐いた後、レモンを紅茶の中に絞った。 「ガクさん、女性にモテますね。 映画を観に行った時も、同じバイト先の方から 他校の女子生徒にたいそうモテているという話をされていましたし」 「まあ……モテちゃうみたいね。 気を持たせるようなこと、したつもりはないんだけども」 「他人事みたいに言いますね」 「結果的に付き合うまで至らないし、モテると言ったって、単に一般ウケしてるだけだと自分では思ってる。 大学入ってからは一人も彼女なんてできたことないよ」 「それって、高校生までは居たと言う話ですよね。 たった一年半じゃないですか」 「長くない?」 「短いですよ」 イオリは少し呆れたように頬杖をついた。 「いいんですか? あなたの貴重な大学生活の時間を、僕と過ごすことに費やしていて」 「……いいよ。全然良い!」 ガクが自信を持ってそう答えると、イオリは動揺するように視線を逸らした。 イオリが不安になっている? 直感でそう思ったガク。 初めて、イオリの考えていることを少し読めたような気持ちになった。 「イオリこそ、貴重な時間を俺に使ってくれてありがとな!」

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