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-ガク-路地にて④
「……前世からの縁があるから、ですよね」
イオリが言うと、ガクは
「それもある」
と素直に認めた。
「でもそれだけじゃない。
イオリと会ってから、色々会話を重ねて来たけど——
前世のこととか関係なく、俺はイオリに強い関心を持ってる。
……いや。関心とか、そういう濁した言葉に逃げるのは良くないよな。
俺は……今のイオリのことが好きだよ」
イオリが息を呑む。
ガクは、左右の席に利用客が座っていることも忘れ、イオリだけを見つめて告げた。
「イオリに会ってから、ずっとイオリのことを考えていたし、会ってない時は会いたくてたまらなくなる。
告別式で出会った時、俺が強引な行動を取ってしまったせいで、イオリに引かれてるだろうなと思ってた。
嫌われないように、友達から始めて、少しずつ交流を持てたらいいなと思ってた。
でもあの頃より、イオリと会うたび、どんどん惹かれていってる。
——今は、イオリに嫌われてなかったって自信も持てるから、自分の気持ちをぶつけることもそんなに怖くない。
俺はイオリが好きだ」
そう言った後、ガクが笑みを浮かべてみせると、イオリは暫く固まったままでいたが、やがて静かに席を立った。
「……お会計しましょう」
「っ、おう——」
レジで割り勘し、カフェを出た後、イオリは周囲を見渡した。
「ここも人、多いですね……」
「人がいないところ探してる?」
「できれば、まあ」
「じゃあこっち!」
ガクは商店街の通りを抜け、人通りがほとんどない路地へと突き進んだ。
すっかり人の話し声や歩く音が聞こえない場所まで来ると、イオリはようやく口を開いた。
「……僕、女性と——それに男性とも、付き合ったことがありません」
イオリはガクの足元を見ながら続けた。
「特定の誰かとこんなに短期間の間に会ったり、出かけたりしたことも無かった。
それどころか、誰かに特別な感情を抱いたことさえありませんでした。
……だから、勢いよく距離を詰めてこようとするガクさんのことが、初めはちょっと怖かった」
「ごめんな」
ガクは即座に謝った。
「確かに俺、恋愛は好きになったら自分から追いかける方だとは思う。
でもこんなに強引な詰め方をしたのはこれが初めてかもしれない。
……なんとかイオリとの縁を繋ぎ止めたくて、必死だったんだ。ごめん……」
するとイオリは、視線を落としたままふるふると首を横に振った。
「でも今は……怖くありません。
それから……、僕もガクさんと居ると、楽しいです。
楽しいし……会う約束をした後、嬉しくなる」
イオリはそっと顔を上げた。
ガクの真っ直ぐな瞳が、イオリの目の奥を貫く。
「それと……僕、バイオリンを弾いている時に別の何かを考えることって、今までほとんどありませんでした。
一日のほとんどをバイオリンと過ごし、バイオリンのことを考えているような人生でした。
——それが息苦しくて、嫌だった。
でも……今はバイオリンを弾いている時に、ガクさんのことを考えてしまうんです。
……この間の演奏会も……
ガクさんに届ける気持ちで、バイオリンを弾いていた」
「俺のために弾いてくれたんだ」
ガクが言うと、イオリはパッと視線を逸らした。
「イオリ、こっち向いて」
ガクはそんなイオリの頬にそっと手を添えた。
びくり、と肩が揺れ、イオリの顔がガクの方に向いた。
「イオリの気持ち——伝わってるよ。
だから、顔を見て言ってくれたら、もっと嬉しい」
「っ……僕、は……」
イオリは浅くなった呼吸を必死で正そうとしながら、こう告げた。
「僕も……好きみたいです。ガクさんのこと」
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