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-ガク-路地にて⑤
「……嬉しい!」
ガクはパッと顔を輝かせた。
「ありがとう、イオリ。すっごい嬉しい」
「はぁ……」
「俺たち、恋人になれたってことでいいかな?」
「……ガクさんがそれを望むなら、いいですよ」
イオリはそう言った後、少し頬を赤らめた。
「でも、僕——この前抱きしめられた時は、かなりびっくりしました。
その……いきなり接触されるのは、心臓に悪いです」
「それはごめん。ほとんど勢いだった」
ガクは再び即座に謝ると、こう提案した。
「逆を言えばだけど、事前に伝えれば、それ以上も許されるってこと?」
「はい?」
「キスしていい?」
ガクが勢いよく言うと、イオリはあからさまにのけ反った。
「……引いてる……?」
「引いてます」
イオリはやや呆れたように言った。
「展開が早すぎます。いつもこうなんですか?」
「そんなことはない。と思う」
「ガクさんってチャラいですよね」
「そんなことは断じてない!」
ガクは必死で首を横に振った。
「ごめっ……!!
チャラいとか、そんな風に思わないで。
今は嬉しすぎて距離感がバグってるだけ。
誰にでもこんな——キスしたいなんて言ったりしないから!」
ガクはその後も必死になって話した。
「イオリが嫌がるようなことはしないし、イオリの心の準備ができたらでいいから!
いや、てかもう——会えるだけで嬉しいし!
接触がなくたって全然いい!ほんとに!!」
「っ……、そんな必死にならなくても良いのに」
イオリが小さく噴き出した。
「いきなりはやめて欲しい、って言っただけです。
ガクさんに触れられるのを拒絶してる訳じゃない。
——ただ僕にとっては、交際すること自体が初めての経験になるので……。
だから、もしキスをするなら……こんな人が通るかもしれない路地ではない所がいいです……」
「……」
それを聞いたガクが考え込んでいると、イオリは付け足した。
「あの、僕のこと、ロマンチストを拗らせているとか思ってます?」
「っ、いや、そんなんじゃなくて!
——考えてたんだよ。
どこでキスしたら、イオリにとって良い思い出になるかなあって……」
「……」
「イオリのリクエストがあれば聞くよ?」
「……考えておきます……」
イオリはそう言うと、不意に腕時計に目をやった。
「……もう帰らないと」
「イオリんち、門限あるんだっけ」
「いつも決まった時間にバイオリンの練習をするんです。
——それを守らないと、次の日から外出が制限されるので」
「そうなんだ……」
イオリの父親には、告別式の会場で一度会っている。
厳格そうで、会場に勝手に入って来た俺のことを、蔑むような視線を向けて来た——それも仕方のないことだけど。
「次、いつ会える?」
「授業のコマが少ない平日なら比較的——ああでも、平日はバイトがあるんですよね?」
「そうなんだよね。逆に、最近は土日が空けられるようになったんだけど」
「じゃあ……二週間後の土曜日でも、良いですか」
「——もちろん!」
ガクはその場でスケジュールアプリにイオリとの予定を登録した。
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